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「一緒に捨てられましょう」 [日記]

酒場の戯言だが…

なんか老後施設の状況をテレビなど見ていると、

お年寄りがなんか幸せそうじゃない。

で、姥捨て山

基本的な建物などは国営で整備するが、

そこでは自主独立

元気いっぱいなお年寄り、怪我や病気のお年寄りも一緒。

すると、同世代でもあるし、お金もあるので、

助け合いもあるし、差別もあるが、

「人間」らしく老後を過ごせるのではないだろうか?

畑作ったらり、魚捕ったり、パソコンで事業立ち上げたり…

もちろん、延命なんかない。

死ぬ時は死ぬ。

それで、各自が他者に尊敬の念を持ち、生きていけたら…。


もうひとつは、男性ならではの発想。

爺捨て山。

基本は姥捨て山と同じだが、

爺の場合は「どうでもいいや谷」「さよなら崖」など、

スポットがある。まぁ、男性の方が弱いからだが…。

しかし、年に一度は若い女性がたくさん来てキャバクラ大会もある。

これは、酒の上の馬鹿話だが、案外、人間らしく死ねそうな気はする。

姥捨て山は昔も実際にあった訳で。

それは辛いことだと思うが、

独裁者に見張られ、財産を奪われ、戦場に行かされるくらいなら、

そっちの方がいいかもですね。

なにせ、みんな一緒ですから^@^w




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「こういうことは、」 [日記]

書くことはないのだがよ^^;w
以下の文章は過去のものだが、
また、でかくなってきた(泪)。
また医者で注射されるのか?
もう、面倒だから本体も全部、取ってしまいたいぐらいだわ。
「キンタ、ま、な、夏ーー;w陰嚢水腫穿刺」

ご存じの方はご存じのおいらのゴールデンタマタマw
いわゆる老化(住んでない家が朽ちるように)で、
精子管がつまったり壊れたりで、
精子がゴールデンタマ袋の中に漏れてしまうのである。
で、体液が袋に溜まるだけならまだしも、
ひとつひとつ袋状に(つまり本物のゴールデンタマタマみたいになるのである)。
それが合計7つということで「幸せのゴールデン7」と呼んでいたが、
そこまで溜まると夏場など太ももとこすれインキン状態になるわ、
歩きにくいわで@@;で、
2年半前、泌尿器科で若い看護師(女子)に囲まれて、袋に注射!(痛いぞ!)。
なんと!医者曰く奇跡らしいが、次の日には見事に全部の水腫が消えてたのである!
で、先生も学会発表するぐらいのお喜びだったのだが、2年半も経つとね、また7つになるのね。
そりゃ、精子は作られているものね(可愛そうな精子ちゃん)w
で、行ってきました。今回もなぜか素敵な看護師さんの補助により太い注射2センチ分くらい抜いて貰いました。
これで明日水腫5個消えてますように。手術だと心臓に悪いんだよね。全身麻酔らしいし。はぁーー;w

^@^;^@^;^@^;
そして今年もまた・・・予約するか。はぁ。
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「二男坊」~最終回~ [小説]


 復活



 ふと、目覚めると、そこは生ぬるい水の中だった。
 「うわっ、どこだ、ここ?」
 水は半透明で小さな気泡がたくさん浮き沈みしていた。

 「んっ、あれはお父さん?」
 ひとつの気泡の中で父親が淡く手を振っている。なんだか笑っている。注意して気泡ひとつひとつを見ると、母親や健一、洋子、そして岬さん、すけじぃ、かまやつ、徹、ミーナ、りえ、志田さん、キューピー、須田医師、ミニスカ看護士和田真由美さん、そしてノリ・・・みんながそれぞれに笑いながら手を振っている。

 と、ザーッ!と生ぬるい水が、明るい方へ流れ出した。

 「なんだ?夢かな。うふ。でも、この水、なんか安心できるな。いったいどこに流れて行くんだろう」

 「・・・んにちわ」「・・・んばって」
 
 俺の意識は段々と遠くなり真っ白になっていく。と、同時に優しく聞こえてくる声。

 「こんにちわ」「がんばってよ!」「ほら、もう少し」

 「よし、これなら、もう少しだ。岬さん、頑張って!」

 「うーん。うーん。えーいっ!こんくらいで負ける岬さんじゃないんだから。うーん、いてぇーよーっ!」

 すっぽん

 「おんぎゃーっ!」

 「やったー!岬、偉いぞ!生まれたぞ!ノリくん、赤ちゃん、生まれたよ!」

 「よしっ!岬さんは、寝る。ぐー」

 「…ノリ、見てもいいの?」

 「うん、ちょっと待って」

 ミニスカ看護士和田真由美さんが、真っ白な着ぐるみに小さな赤ちゃんを大切に抱えて、ノリの目の前に。

 「わぁ、可愛い。って、あれ!ち○たま!女の子じゃなくて男の子かぁ。でも、ノリいいんだ。一緒に色々な遊びするんだ。ねぇ、岬お姉ちゃん、赤ちゃんの名前、なんていうの?」

 「ぐー。はい?そうねぇ、竜二なんてどう?男らしいでしょ?」

 「竜二かぁ。じゃ、竜ちゃんだね。うん!岬お姉ちゃん、どうもありがとう!ノリはこれからお兄さんなんだよね、そして竜ちゃんが弟!二男坊だぁ。嬉しいなぁ」

 (ん?また二男坊?・・・まぁ、いっか)
 俺はノリの小さな手を探すと、それより小さな手で、ギュッとよろしくの挨拶をした。

 「あれっ?この感じ?竜じぃ?」
 「しっ!」

 ノリは小さく笑うと、でっかくジャンプした。

 「よろしくな!」
                                      (終)

<あとがき>
                              
 人生、何が起こるかわからない。
 二男という星の下に生まれ、その僻みっぽい根性で、長男を褒める物語を書いていた。でも、だんだんどうでもよくなったところへ、三月十一日。地球の貧乏ゆすりは、あまりに突然だった。
 楽しいことや悲しいことや、おかしいことがいっぱいあっての人生。多分、被災された方もそんな人生を送ってきたと思う。
 「おいおい、ローンがまだ…」
 「子供が生まれたばかりなのに…」
 「ふぅ、路上生活も辛かったからな…」
 被災された人、ひとりひとり。この震災の意味は違う。亡くなられた魂たちの思いもそうだろう。
 うだうだと私小説ぽく書いていたけど、長男も二男もすべてがすっ飛んだ。だから、結末は潔く切り落としてみた。
 でも、悲しいとは思わない。
 悲しいのは、原発推進者が世界中に溢れていることだ。

「二男坊」~第五話~ [小説]


 甥っ子ちゃん

 最初の一年間は、通院以外はただ寝てた。酒も煙草もやめ、完全療養である。ただ、あまりに忙がしかった反動からか、この余裕つーのが幸せだった。やったことのなかったゲームをやったし、テレビを思う存分観た。本をたくさん読んで、ジャズをたくさん聴いた。ギターもまた弾き始めた。

 そして。なんといっても甥っ子である。

 そう、妹の洋子に子供が生まれたのである。旦那は普通のサラリーマンじゃなかったので、自宅で仕事をしている。よって甥っ子はウチいわゆる実家に昼間は遊びに来る。
 
 甥っ子、紀一くん。略してノリは俺の残りわずかのだらしない人生をすごい幸せな時間に変えてくれた。父親母親は、もちろん歓喜である。それまでよく喋らなかった父親が孫相手に幼児語で喋りかけている。玩具を購入する。それまで掃除も料理も適当だった母親が妙にキレイ好きになり野菜野菜野菜とうるさくなった。

 俺は二年目以降、自宅でライターの仕事をぼちぼちと始めていた。と、同時に煙草を吸い酒も飲み始めた。なにせ難病だから原因はわからない。煙草と酒が悪いとは限らないのだ。

 で、ノリと猛烈に遊んだ。はいはいの頃から一緒にお店ごっこや字のお勉強、さらにはバトルもやった。なんせこっちは暇なおじちゃん。本気で遊んでいるからノリも嬉しいのだろう。

 ウチに来るとまず「竜じぃーっ!」と大声で叫んで来る。はぁ、俺の人生でそんな女いたか?来るだけで自然と顔が緩んじまう女いたか?NO!マジ、俺はノリといて人生で初めて思い切り笑ったような気がするのだ。

 「竜じぃ、お仕事もうすぐ終わるかなぁ。そしたらノリと遊んでくれるかなぁ…」
 だから、たまに仕事中にノリが来ると、じれったくなっちまう。妹の洋子に「竜じぃが仕事中はダメよ!」といわれているノリは、まだよちよち歩きなのに階段の半分まできて、独りごちるのだ。

 「…でもノリは我慢しないとな。もうすぐだよ、きっとな!」
 ガオーッ!限界である。かわいすぎるぜ。俺は仕事をほおリ投げると階段に座っているノリを抱き上げ、即、バトル突入へ。バトルといってもノリはまだまだよちよち歩きなので、倒れないように、頭をぶつけないように、怪我しないように、と遊ばないといけない。キャッキャ喜ぶノリとそんな風に二時間以上も遊ぶ訳だが、そのお陰で腕には筋肉がつき、足腰も鍛えられ、体力がついてきた。自分の子供でもないのに一緒に旅行や海、お散歩とどこへいくにも俺はついていった。とにかく楽しいのだ。人生、初めて、といっていいくらい。

 「いやぁ、しかし竜ちゃんすごいね。そこまで遊ぶ人もめずらしいよ」と妹にいわれるくらいだが、そう、俺はノリに夢中だからいいのだ。
 そして、三年目。奇跡は起こった。

 「あれぇ、片桐くん、心臓がなんか小さくなっているよ。動きもいいし。これは奇跡だよ!もはや拡張型心筋症とは言えないよ!」

 須田医師にそういわれても俺はピンとは来なかった。なんせ、この病気も初期段階はなんか息苦しいだけだから、よくなっている状態が把握できないのだ。

 「えっ!じゃ治ったんですか!」

 「うーん、残念ながらそうは言えないんだよなぁ、難病だから。ただ左心室の動きは悪いから無理はしないでよ」

 心臓病で辛いのはこの「無理はしない」という言葉だ。そう、すべて自己責任なのである。でもさ。ノリと遊ぶ時はそんなこと関係ねぇ!ひたすらノリの思いのまま、オモチャになりきって遊ぶのだ。

 「竜二さん、なんか最近、顔色よくないすかぁ?なんか美那子の方が病人ぽくね?」

 「そらぁ、しょうがないよ、美那子っち!ライターなんか顔色悪くなきゃ、いんちき臭いよ」

 「だいたいね。あれから仕事が目減りしてるし、ギャラがなーんか安くなってんのよね。カメラマンも雇えなくて、美那子が撮るってなによ!」

 「がははぁ、それでMacで編集できれば、ひとりで全部できちゃうなぁ」

 「もうっ!パソコンのせいで、みんなギャラが安くなっていくわ。美那子も結婚しようかなぁ?」
 久しぶりの新橋。サラリーマンが夕方あたりからなんとなく嬉しそうに浮遊する飲み屋街だ。

 「おっ!結婚したいのできたか?」

 「えーっ、美那子これでもカメラマンから編集部、お客さんと迫って来る人、多いんだからぁ。でもさ。須田医師…」

 「そら無理」

 「うるさいなりぃ、おらおら竜二さんも飲んで!朝までいくわよ、今日は!」

 「…あっ、そうだ。俺のアニキの奥さんがさ、岬さんていうんだけど。今度、湘南の方で情報誌みたいのつくる会社作ったんだぁ。で、クライアントはすべて地元の成金らしくて、月一で結構いい儲けになりそうなんだって。たださぁ、富裕層を狙うならそれなりのもんつくらないとダメじゃん?で、カメラマンとMacデザイナーは押さえたんだけど、助手のライター欲しがってんだよ。美那子、どう?」

 「美那子って、呼びつけ?恋人かいっ?で、その話、悪いけど乗るわ。湘南でしょ。ふふふ。当然、サーファーがたくさんいて…」

 「よだれ」

 「うるさい。で、岬さんてどういう人なのよっちゃん」

 「おまえみたいの」

 「ふっ、美那子に逆らおうなんて、岬、いくつよ?ほほほほほ」

 「四十路超え」

 「ほほほほほ。顔、洗ってらっしゃいよねぇ。竜二さんもそう思うでしょ、でしょ?」

 「…お、俺はノリがいればさぁ(照)」

 「ノリ?魂こめてモーホーかいっ?」

 「ってか、美那子、岬さんか?」
 
 てな訳で、不況にあえぐ日本にいて俺はノリのお陰で心臓も安定し、楽しくやっていた。しかし、サッカーゲームにはまりきっている俺がいうのもなんだが、そんな俺とノリの蜜月状態をゲームが破壊しやがった。

 ノリも幼稚園ともなると、園児との付き合いつーのがある。それでもゲーム脳とかを考え、妹の洋子はノリにゲームは与えなかった。お陰で遊びのすべてが、オリジナル。これは本当にすごいことだし、数字、ひらがな、カタカナ、漢字、英語に夢中なノリは、外で喋らないように注意するくらい言葉の世界にはまっていた(他のお母さんが僻むから)。

 でも、ゲーム一発でパー。ノリも実はみんなとゲームしたかったけど我慢してたみたい(いじらしい奴)。しかも字が読めるから攻略本読んで、もういきなりボッケモン博士となってしまったのだ。でも、英語も何もかもパー。すごいよなぁ、ゲームって。

 で、ノリもお忙しい身となってしまい、俺は中途半端に暇になってしまった。世の中、失われた十年とやらから不況だし。ライターの仕事もそうは来なかった。アベノミクスはどこにやら。気まぐれに就活するも、履歴書が律儀に舞い戻るばかり。ギターを弾けば、四十肩だし。

 暇。俺は実家の子供時代から使っている子供二段ベッドで、鬱々としていた。もはや見た目は病人らしくないので、近所の人も噂しているみたいだ。「片桐さんのとこの息子さんて…」はいはい。ひきこもりですよ(実際は金がなく動けないのだが)。ウェブのセクシーもツッタカターも飽きたしなぁ。しょうがない…と右手をごそごそと…。

 「竜二さんてばっ!」

 あぁ、漏れみーよ!美那子はライターらしく図太い神経を持ったと同時に、初々しさなんか削除しちまったようだ。

 「なんだよ!ここ片桐家の二階子供部屋だぞ。よく、勝手に上がりこんできたな?」

 「へへぇ。右手、クリくさっ!違いますよ、竜二さん、ほら!」
 ゲッ!驚いた!ズラッと並ぶは、兄健一のお嫁さん&元上司の岬さん、デザイナー径由ITな徹くん、NPO代表元カノりえちゃん、カメラマンモーホー志田さんとキューピー。

 「ど、どうしたの、みんな」

 「ほらぁ、竜二さん居酒屋でいってたでしょ、岬さんが湘南で情報誌みたいのつくるって。で、相談してメンバーそろえてたら、こんなんになっちまったでつよ」

 「美那子ちゃん、こんなん、はやめなさいっ!」

 「み、岬さん…てば四十路越え」

 「キーッ、つー訳でね!竜二くんにも文章見て貰うんだからね。岬だって、岬だって、熟女ブームでメチャもて期なのよーっ!」

 「りえなんか、NPOの若いのが、もーっ。ふふっ」

 「キーッ、つー訳でね!竜二くんにも文章見て貰うんだからね。岬だって、岬だって、熟女ブームでメチャもて期なのよーっ!」

 「あ。岬さん、それ二回目。ふーん、で、なんでここへ?」

 「ほらぁ、竜二さん、暇だべ?だから、ここ事務所にしたの。で。第一回目、会議つーこったな」

 「暇って、そんなに暇じゃ…」

 「あっ、新しいサッカーゲーム、みっけ。滅私奉公いる?」

 「おうっ!マラどーなってんの?」
 全員、無視。断固、無視。つーかおやじギャグ禁止。

 ま。ここも父親母親と俺だけだもんな。パソコンもあるし、まっ、いいか。

 「竜二くん、お久しぶり。そういえば、僕、結婚したんだよ」

 「えっ!徹くんがっ!」

 「うん。覚えてる?ミーナ。彼女もうさぁ、日本のロボット技術とダッチワイフ技術が融合してさ、完璧!今度、紹介するね」

 「はいはい。徹くん、その話はまたね。でさぁ、竜二くん、第一回目はさぁ、湘南のわんこを紹介しながら地元富裕層クライアントから金がっぽせしめるんだけど。若いくせに生意気な美那子ちゃんとりえちゃん、カメラマンのモーホーとキューピーが取材してきたのをさ、チェックして欲しいのよ。ほら、あたし、岬は一応、社長さんだから」

 「うん、いいけど。美那子とりえちゃんなら、それでOKじゃないの」

 「ダメダメ!このふたり、湘南が地元で土地持ちの親のいるサーファーのお金持ち二世狙っているだけだから。それに、そうそう竜二くんの身障者割り使って銀行に低利率で融資してもらっているし…」

 「な、なんだよ!俺が融資されてんの!」

 「そ。だから会社名も株式会社タックで登録してあんのよ」

 「あんのよ、って、何?タックって?」

 「…知らない。すけじぃが割り込んできて、これにしろっ!て」
 すけじぃの頭の中では、俺はタックで止まってるんだなぁ。

 「竜じぃ、おっつ!」

 「キャー、かわいい。これが噂の甥っ子ちゃん?魂こめてノリくん?」

 「あ、こんちわでちゅ。えいっ!」

 「キャー!ちょっと年長組だからって、いきなりスカートめくりかいっ?」

 「パン2○見えでつ」

 「あっ、すみません。美那子さん。ノリ、最近、色気づいてきて、幼稚園でNO.1のスケベらしいんですぅ」
 妹の洋子が旦那の松本くんときた。

 「ノリ、スカートめくりはいけないでしょ!っていうか、あなたのおしめ、う○ちでぱんぱんじゃないの!もうっ!」

 「う○ち、くちゃくちゃ。ぎゃははは!」
 ご飯を炊く時に香るような匂いに全員が癒やされる。

 「そうだ!ねぇ、洋子さん、今度出す情報誌の表紙、ノリくん借りていい?こんだけ可愛いんだし、いけると思うの!」

 「えーっ、岬さん、表紙は美那子じゃないの?だいたい富裕層の男子相手にガキじゃさぁ」

 「美那子はお黙り!富裕層はあんたらが狙ってる男子の親よ!そうお孫ちゃん大好き世代なのよ。ふふふ。これで、いけそうだわ」

 「はーい、ノリくん、キューピーちゃんだぞぅ」

 「ん?おめ、つまんねぇ。そっちのおじちゃんはなんだ?」

 「あっ、モーホー志田でございます」

 「ぎゃはははっは!」

 「ガシャ!いい笑顔、もらい!」
 ノリの笑いのツボを突いたモーホー志田さんは、それから二時間、お馬さんになったが、志田さんもモーホーだけに子供との遊びが新鮮なのだろう。すんげぇ楽しそうだ。

 結局、俺は『湘南セレブ』というわかりやすい名前の情報誌の原稿チェックと「タックの今月」というコラムを書くことになった。

 しかし、友だちっていいよなぁ。うん、前から思っていたけど、家族も他人もごちゃ混ぜにして、友だちをセレクトすると人間関係が少しスッキリするよなぁ。血がつながっていたって嫌いな家族は嫌いだし。他人だっていつでも一緒にいたい奴がいるもんな。

 …ん?ふと気づいたのだが、岬さんの旦那は長男の健一、妹洋子の旦那さん松本くんも長男、徹も長男、で、かわいい甥っ子ちゃんノリも長男かぁ。なんだかんだ、お世話になってんだなぁ、長男に。

 そんなかわいい長男、ノリの笑顔がばっちりな『湘南セレブ』は大受けしてしまった。創刊号は色々な湘南のお店の前に置かせてもらったのだが、ノリ表紙が効いたのか、セレブだけでなく、女子人気がすごいことになってしまった。なんせつくっているのはその辺の印刷所ではなくその道のプロ。仕上がりも上品で、内容も個性的、しかも無料。湘南の街から創刊号は、あっ、という間に消え去ってしまったのである。わんこ特集だからハズレはない。

 しかも、徹がウェブでも配信しているから、全国、全世界から、問い合わせが殺到。俺は実家子供部屋の安いパソコンで、そのコメント返しに大忙しだ。

 「ノリ様のおなりー、だぞいっ!」
 美那子と妹の洋子が、ノリを引きつれやってきた。

 「竜じぃ、すごいでちゅ、ご本がノリだらけ」

 「おうっ!ノリすごい人気だなぁ。さすが俺の甥っ子ちゃんだぁ」
 相変わらず、おしめ、う○ちでぱんぱんのノリ。よくはわかってないみたいだが、少し誇らしげ。

 「でもさぁ、ノリもうモデルなんかしないぞ。ボッケモン大会があるしぃ、もうすぐ小学生だからな」

 「うんうん、そうだよなぁ。下手に人気出て、マイカル・ジェイソンになるのも大変だもんな」

 「そうそう、次は美那子がモデルになるんだし。いっひっひっひっ」

 「気持ち古い笑い方だな、美那子はぁ。でも、一応、好評だから、美那子モデルしたら、湘南サーファー男子が…」

 「キャー!美那子、嬉しい!タマよタマの腰のこのラインでタマよタマ!たまらんち!」

「そこの生意気で若いの。十年早いのよ。十年!いいっ!湘南セレブはあくまでもセレブ狙いでいかないといけないのよっ!バブル期を思う存分楽しんで、年金もそこそこ貰えてる男根、違った、団塊の世代にアプローチし続けないとね。ふふふ。だから、次は私こと、岬さんがモデルよ!いいっ!編集長命令なんだからぁ、もぅつ!元コギャルの岬さん、もはや熟女代表ってかぁ!キャッハッハッハッハー!」
 いつもの岬さんだったが、全員、沈黙の艦隊。ノリがそっと、岬さんのおなかに手をあてる。

 「岬お姉ちゃん、太ったか」

 「えっ?ノリくん冗談は美子さん、って、あら、岬さんの下腹ぽっこり?こ、これがぁ、熟女のいいとこじゃんてば、手羽先…」

 「あらっ!ねぇ、ノリ、もしかしてノリに弟か妹できるかも知れないよぅ。ほら、岬お姉ちゃんがプレゼントしてくれるって」
 妹洋子がいう。なるへそ。そういえば、岬さんらしくないふくよかな下腹。

 「えっ、違うわよ?違うでしょ、これは昨日の焼肉カルビよ。えっ、赤ちゃん、岬の赤ちゃん!健一さんの赤ちゃん、いやーん、かわいいに決まってるしぃ。どうしよぅ、えっ、病院はどこ?どこなのよーっ、高年齢出産特集ね、次はって、そんなことしてる暇あんの、岬、感激ぃ。なでち○こジャパンー…」

 「はいはい、四十路越えな岬さん、あわてないで。竜二さん、この辺に病院は…あっ、須田医師のところ産婦人科あったわよね。じゃ、ちょっといって来るね。ほらほら、岬ママ!」

 「ママ!ママァ、ドゥユーリメンバー!岬がママ。ママでも金。金、金、金。 赤ちゃんよぅ、健一さん!私たちの合体が実るくんよーっ!」

 結局、岬さんは妊娠三ヶ月だったらしい。しかし、健一もやるなぁ。
 かたわらでは、ノリがなにやら画用紙に描いている。今日はお泊まりなのだ。ノリひとりいるだけで、部屋の雰囲気もぐっと柔らかくなる。

 「おっ!ノリ、お絵かきかぁ?」

 「ちがうよぅ。お話書いてるんだ、ノリ。岬お姉ちゃんも、美那子お姉ちゃんも、りえお姉ちゃんも、竜じぃもみーんなもじもじくんしてるから、ノリも書くの」

 「そうかぁ、どれどれ」

 …ノリ、もうすぐおにぃちゃんになるんだぁ。まだおとうとかいもうとかわからないけど、うれしくてねむれないの。おとうとならいっしょにゲームしたりやきゅうするんだぁ。いもうとだったらおままごとかなぁ。でも、どっちでもいいや。ノリ、パパやママとあそぶのもたのしいけど、おにぃちゃんになったら、こどもランドつくって、こどもだけであそぶんだぁ。…

 「うっ!」
 あまりの純真さに泪。そうかぁ、長男て兄弟欲しいんだろうなぁ。親はひとりっ子だとずっとひっついてるもんなぁ。子供も疲れるわな、そりゃ。…健一もそうだったのかなぁ。親の過保護つーのも、子供にゃよくないよなぁ。

 「竜じぃ、ノリのママ生まれて嬉しかったか?」

 「そりゃ、そうだよ。ずっと健一おじさんにいじめられて、やっと子分ができたんだもん。一日中、走りまわってたよ」

 「げっ、一日中かぁ。ノリも岬お姉ちゃんの赤ちゃん生まれたら、いっぱい走るんだ。地球一周くらい!」

 「えーっ、じゃ、明日から特訓しないとなぁ。それと、おむつする前にママにトイレ!っていわないと、走れないぞ」

 「うん、つい面倒でな。でも、そうだよね。走ってる時、う○ち落ちたら、大変だもんね!じゃ、おやすみ」

 なんだか、何年ぶりかの安らかな眠り。

 『湘南セレブ』編集長、岬さんが妊娠、つわり状態のため、急きょ、第二号は、ガンバレ育児ママ特集となった。最近は、不況のせいか、専業主婦に就職するのが流行っている。お陰さまで、二十歳代の若くて素敵なママさんが湘南にもたくさんいるのだ。

 表紙は美那子をサーファーにして、海バック。ボケでウチの父親母親とノリが遊んでいる。なかなかいいカットだ。

 「キャー、美那子、本当に若奥様みたいで素敵!これ、売ってもいいんじゃナイス!か?」
 元水泳部だけあって本物のロコガールのような美那子は、妙にセクシーだ。

 「ふむ、マジ美那子さんとは思えんよなぁ。これならいけるよ」
 とモーホー志田さんも微妙な発言。中身はクライアントのお嬢様からピックアップされた本物のママさんのインタビュー。前回のわんこ中心ペット特集に続いてクライアントさま提灯記事だが、一般の人にもまた受けた。俺の書く「タックの今月」というコラムもなかなか好評なのだ。今回はノリの書いた詩?みたいの。

 きょうはようちえんおやすみ
 なのにママたちすぐクルマでおでかけしたがるんだぁ
 ノリはねぇママやパパと
 おうちでおえかきとかしたいんだけどなぁ
 でもおんせんのマッサージするイスが
 ママのだいこうぶつ パパもビールがぶがぶ
 だからノリはがまんするの 
 だって みんなわらってるもん

 いやぁ、なかなか鋭い切り口。ガキにはかなわんなぁ。

 「かなわんなぁ、じゃありませんぜ!竜二さんてば、手羽先!」

 「ん?岬さんか?」

 「ちゃう、美那子。少し日焼けして伸びやかな美脚が鮮烈な美那子よ!エロっぽ!竜二さん、美那子あてのファンレターってばよぅ、すげぇんだけど。なんなの?おやぢぃだらけじゃん。六十三歳無職ってば、なによ!ってか、そうでなくてよ。あの東京文京区にある大出版社文京社からお電話ですぜ」

 「文京社?」

 話は簡単だった。好評な『湘南セレブ』を読んでの、買収話だ。つまり、文京社からの出版にして、売ろう、というもの。もちろん、その後、『東京セレブ』とかもつくるのだろう。速攻断わる。この『湘南セレブ』は地元クライアントからの掲載料でつくられている。だから、大企業のつまんない広告なんか載っていない。広告なんか作ら(れ)ない小さな会社とともにつくる、ってのも岬さんの編集コンセプトだ。スタッフは東京でガツンとやってきた一流どこ。発想も仕上がりも大手出版社では、できないクオリティ。だから面白いのだ。受けているのだ。さらに、徹の会社でウェブ発信もしているので書店で売ることもない。電子書籍も考えているのだ。

 「あらま。竜二さん、もったいなーい。美那子、全国デビューかもしれなかったのにぃ」

 「美那子、これ見た?」
 パソコンを開き、徹のつくった『湘南セレブ』ホームページを開く。読者が書き込んだコメント。

 「この表紙の奥さん素敵です。世田谷区リーマン。表紙の子のウェットスーツ、どこで売ってるんですか?大田区ミカ。あぁあ、こんな奥さん欲しいなぁ。札幌フリー。このモデルさん、独身?だったらメアドGETしたいです。沖縄店主。ILOVEYOU.TOM。…」

 「すごっ!美那子、もて期か、今。つーか、なんか恥ずかしいくらいだわんわん」

 「なっ、もう美那子は全世界展開なんだよ。知らないぞ、アラブの石油王からプロポーズされても」

 「うーん、アブラよりさぁ、あの人にプロポーズされたいんだよなぁ、美那子はさ」

 「あの人?誰よ?」

 「…ん?」
 いきなり頬を赤く染めた美那子、昔のお嬢様な感じを漂わす。

 「美那子はあんまり恋愛ってしたことないんだ。だからよくわからなかったけど…」

 「けど?」

 「須田医師も素敵だけど、惜しいけど、悔やしいけど、り、竜、竜二さんが、やっぱり好きみたいなの」

 「ぎゃは…」
 笑いかけてやめた。すけじぃにもいわれたが、二男はこんな風にもてることもある。が、つい茶化したりしてしまう悪い癖がある。

 「俺も美那子のこと、好き、だと思う。でもいいのか?俺、何時、心不全でぽっくりいくかわかんないし、結構おやじだよ」

 「そ、そんなこと、いわないでよ!美那子がいいんだから、いいんだもん!」

 「…そうか。お、俺も美那子のこと好きだよ」
 二男坊としてはストレートな台詞。ちょっと気恥ずかしい。

 「竜二さん…」

 「ノリのおいなりさんー!ん?どうした、竜じぃと美那子お姉ちゃん…はっ!これはだ、ママー、竜じぃと美那子お姉ちゃんが赤い顔して風邪みたいだぞい」

 「えー、本当?」
 はっ、とする洋子。

 「ノ、ノリ、こ、ここは、逃げましょう」

 「な、なんだぁよぅ、ノリ、竜じぃにもじもじくん持ってきたのにぃ」

 「あっ、いいのよ。洋子さん…。どれどれ、ノリくんのもじもじくん、お姉ちゃんにも見せて」

 「おうよ」

 ノリはひよこぐみのさとうよしこちゃんがだいすき
 だから、こくはくしたんだ
 でも、はずかしいから、ことばがでないの
 スキっていえないんだよぅ、ヘンなの
 だから、チュってキスしちゃったぁ
 そしたら、さとうよしこちゃん、嬉しい、だって
 ノリのほうがうれしいのに、へんなのぉ!

 (げっ、さすが長男坊ノリ!言葉が出なければ、いきなりキスだなんて、二男坊がやると相当、女子に反感呼びそうなのによ)

 「まぁ、いいわねぇ。じゃ、美那子お姉ちゃんのことは、好き?」

 「チュ」

 「…お、おめ、マジ、キスうまくね?たまらねぇ、この柔らかな感触ぅ。いちころよ、美那子も」
 (うげっ、俺なんかファーストキス、高三だし、ヒゲの感触に落胆したっちゅうのに)。

 「竜じぃも、ちと、試してみ。すげぇよ、ノリ!」

 「ば、馬鹿、男同士がなぁ?」

 「チュ」

 「…」
 やばっ、顔が赤いどころか、高熱が出そう。

 「竜じぃ、キスは好きな人にするから、男でもいいんだよぅ。な、ママ!」

 「あぁ、まぁね。今はね。まぁ、とりあえず、今日はマクドでもいこうね、ノリ」

 「うん!ポテトが止まんないんだよなぁ、あそこ。じゃね、竜じぃと美那子お姉ちゃん!」

 「うん、バイバイ」

 「おうっ、またな」

 沈黙。

 「でと」

 「でとっくす。ちとおトイレ」
 (ガチャン!チャー!さてと。ここからだな、あくまで長男ぽく、純粋に素朴に素直に、と)。

 「なぁ、美那子、なんか風も気持ちいいし、これから鵠沼のイタメシでも食いにいこうよ!」

 「わぁ、ごち!美那子、しらすのピザがいいなぁ」

 「OK!じゃあ、いこうぜ」

 少し秋の匂いがする晩夏の日差しが眩しい。ルート22が4沿いの海岸は海の家もとっぱわれ、サーファーたちがアシカのように漂っているだけだ。
 
 「あぁ!いい気持ち!」

 「本当だな。ライターなんかやってるとこうして外行くのが一番の贅沢だもんな。しかも取材なしでさ」

 「そうよねぇ、てか、つい取材しちゃいそうよねぇ」
 美那子の笑い声が心地よい。

 「まぁ、しちゃってもいいけどな」

 「しちゃう?」

 「しちゃぅ!」

 「ぷっ。何をだよぅ?」
 美那子はスベスベとしたノースリーブの腕を俺の腕にからませた。
 美那子のオンナの部分を感じる。

 「ん?」
 ちょっと俺の顔をのぞいて、さらに美那子は俺の肩に小さな頭を乗っけてきた。幸せなぬくもり。高台にあるイタメシ屋からは、西浜海岸が広がり、左手に絵ノ島、右手に婦士山が覗ける。俺と美那子は向かい合わせではなく、椅子をふたつくっつけて、寄り添う。Gパンをぶっち切ったショーパンから伸びた長く美しい脚が俺の膝に乗り、複雑にからまる。

 究極のくびれラインが俺の身体に這うようにくっつく。オンナらしい豊かな髪を頬に感じながら、俺は「ぼーっ」としてた。(オンナの身体ってすごいよな。タコみたい)。少しうらやましそうな視線をしたボーイにしらすピザとタコのマリネ、おすすめの白ワインを頼む。

 「ねぇ、竜二さん、じゃなくて、竜。美那子、やり過ぎ?ずっと、いつかこんな風に彼といちゃつきたかったんだぁ。あぁ、夢みたい。竜の身体ってすごい熱いんだもん。少し感じちゃう…」
 言葉が出ない。(あっ、こういう時はキスか)。そっと美那子の頬にキスをする。

 「いやん」
 美那子の身体がビビッと小さくうづくまった。そっと抱きかかえるようにして、美那子の目を見つめる。少し濡れた瞳が、湘南の陽光に光る。今度は大人のキス。リップクリームだけのやわかなくちびるをくちびるではさむ。はさみながら、めくりあげ、舌先を遠慮がちに美那子の…。

 「竜じぃ、何してんだぁ。美那子お姉ちゃんのこと好きなんだか?」
 ノ、ノリおにぃちゃんてば!マクド、いったんじゃないのかよう?後ろには困った顔の洋子にその旦那さんの松本くんがニコニコと。

 「あっ、ノ、ノリくん違うわよぅ。今、竜じぃと…」
 さすがの美那子も言葉が続かない。

 「キスだべ」

 「あうっ!違うよなぁ、なぁ、洋子?」

 「ええ!あれはあれはよ、ノリ、そう美那子お姉さんの目にゴミが入ってたから、竜じぃが取ってあげてたのよね。ね?」

 「そ、そうだよ、古典的だけど、そうなんだよぅ、ノリ!」

 「ぷっ!竜義理兄さん、ノリにゃぁ、バレバレですよ。ノリぃ、これが本当の愛のある大人のキスだからな。だけど、お前には十年早いからな」
 あっ、さすが義理の弟、松本くんも長男!なんて素直なことで。

 「うん!ノリはまだ年長組だしな。あらっ!でもノリのち○たま、少しでっかくなってんぞぅ。なんだぁ、こら?ママってばぁ?」

 「えーと。それは、そうよ、しらすピザが食べたいのよ。ほら、ち○たまだって食べなきゃ大きくならないでしょう」

 「洋子、余計下品だぞ。ノリ、こっちおいで。それより、竜じぃと美那子お姉ちゃん、恋人同士になったみたいなんだ。そういう時は?」

 「うーんと。バンザーイ!だな」

 「そうだな。よしっ!えーっ、店内の皆様、恐縮ではございますが、ここにいるふたり、無事、年齢の差を越え、馬鹿ップルになったようで。よろしければ、万歳三唱をお願いできますでしょうか?」

 「バンザーイ!」

 「バンザーイ!」

 「声が小さいぞ、せぇーのぅ、」

 「バンザーイ!」

 「おいっ、洋子、お、おまえの亭主…」
 いない。

 俺と美那子はさっさとしらすピザを白ワインで飲みほすと、逃げるように店を去った。ノリが「おまえら、がんばれよー!」と叫んで、お店からは失笑が…。

 数歩、前を歩く美那子。
 (あぁ、雰囲気だいなし。どうすっかなぁ)

 「竜。美那子、泣いちゃってるんだぁ」

 「えっ」

 「だって、あんな祝福ある?竜と美那子は恋人同士、って世界中に言いふらされたようなもんじゃない。ちょっと恥ずかしかったけど、美那子、感激だよぅ。ノリ父もやるよなぁ」
 (はぁ。なんかわからんが、ご機嫌はいいようである。しかし、ああいうこっ恥ずかしいとこは、さすが長男だよなぁ。いや、二男にゃできんわ)。

 「じゃ、竜、あそこのさぁ、ホテルまで美那子をお姫様抱っこして」

 「お姫様抱っこ?」

 「そう」

 「俺が?」

 「YES」
 ちなみにだが、俺と美那子のそんな様子をデジタルビデオで盗撮してたってんだから、松本くん、変態。つーか、洋子とノリまでいたのかよぅ。

 あ、電話。

 「おらぁ!観たわよ、松本くんビデオ!あ、あたし?安定期な岬さんよ。お酒も煙草もやめ、ひたすらマタニティヨーガに励む毎日。でぇ、竜二くん、あらぁ、恥ずかしいわ。よく、やったわね。あっ、」

 「健一だけど。おめでとう(笑)」
 (笑)ってなんじゃい。

 「もしもし、竜二か。とうさんだが、かぁさんがあのビデオ、DVDに焼いて近所のおばさん呼んで何回も観てるぞ。あっ、」

 「竜二?かぁさんよ!あんたいくつよ、ぷっ(笑)」
 (笑)ってなんじゃい。

 「もちもち、すけじぃでちゅがぁ、ぎゃははははぁ!お馬鹿だよなぁって、」
 「かまやつだワンワン(笑)」
 (笑)ってなんじゃい。

 「徹だけど、いやぁ、竜二くんおめでとう。僕とミーナよりお熱いんですね。うらやましい(笑)」
 (笑)ってなんじゃい。

 「あ、竜ちゃん、元カノりえよ。やったわねぇ。私との経験が生かされたって訳よね。でもさぁ(笑)」
 (笑)ってなんじゃい。

 「もしもしモーホー志田よ。竜ちゃん素敵。モーホーはあんたの味方よ、あっ、」
 「竜二さん、キューピーだけど。尊敬しますん(笑)」
 (笑)ってなんじゃい。

 「あぁ、須田だが、ありゃ心臓に悪いぞ、あっ、」
 「ミニスカ看護士和田真由美よ、ウチ、神経科もあるからさぁ。ぷっ(笑)」
 (笑)ってなんじゃい。
 
 さて、いわゆる年の差カップルとなった美那子と俺だが、たくさんのお祝いのメッセージを頂いてしまった。

 「ふぅ、洋子の旦那、松本くんは要注意だな」

 「まっ、いいじゃん。みんな、案外、やいてるのよぅ。竜と美那子のこと。だ、だって、今だって、朝からふたりして、裸族だなんて、いやん」
 …俺は一応、心臓病である。が、この美那子のいやんに弱いのだ。

 「美那子…」

 「竜…」


 「おいっ、ち○たま出てるぞ!」

 「はっ!ノリ」

 「いやん、ノリくんてか、洋子さんと松本くんまで…あっ、 美那子今ヌード全開だし」

 「竜ちゃん、ゴメンねぇ。ウチの旦那、ああいうの撮影しては、ユーチチブにアップするの趣味なのよぅ」

 「…洋子、今、ユーチチブっていったか?あの全世界中のパソコンで観れるユーチチブのことか?」

 「竜義理兄さん、アクセスすごいんすよ。ユーチチバーだなぁ、僕も!」

 「僕も、って、こらぁーっ、美那子のヌードまで撮影してんじゃねぇ!」

 「あ。ばれたか。でも、これアップは難しいな。ぷっ」

 「でさぁ、とりあえず結婚はどうすんの?」

 「結婚て、俺たち恋人同士になったばかりで…」

 「ダメダメ、竜ちゃんはまわりが固めないと、また別れたりしちゃうタイプなんだから。一応、これ式場のパンフレット、見といてよ。ノリ、いくわよ」

 「ママ、美那子お姉ちゃん、ち○たまねぇぞ」

 「女子はみんな隠してるのよ」

 「こらっ美那子、裸族であぐらは止めなさいっ!って、もう式場パンフレット読んでるのかぁ?」
 「だって、竜二さん、今、思い出したけど、女って式場とかに関しては曲げられないんだって。ウチの父親なんかも見栄っ張りだからなぁ。やっぱ、ウェディングだよなぁ…」
 (…そうか、ここで、ガタガタいわないのが長男なんだな。俺、ここでガタガタいうタイプだもん
な)。

 「そうだなぁ、美那子はスタイルいいから、ウェディングに、そうだ!セーラー服からOLスーツ、チャイナ、ナース、ゴスロリ、ブラジルな紐水着までやって欲しいよなぁ」

 「美那子、そんなんしないもん」

 「あ。し、しないよな(汗)」

 「不痔峰子にキャック・アイに初寝ミクで行くんだもん!あぁ、忙しいじゃん!だわ。こんなことしてられないわ。裁縫しないと!」

 「う、うん。こ、これ、パンツ」

 「よしっ!竜は当然、ルピンよ!痩せてよ、十キロ!」

 「…十キロ」

 「うーん、美那子、なんか盛り上がってきた。式はよーするにきてくださった方に喜んでもらわないと、ねっ!竜とふたりのイメージビデオに、そうだわ、バンド練習もしないと。泣きの芝居も必要不可欠ね!大変だわぁ」

 「美那子、ブラと洋服も…いない」

 翌年三月。式の日取りも決まり、俺は十キロの減量に成功し、美那子はコスプレーヤーさながらに各種衣装を縫い上げた。
 『湘南セレブ』はこの不況下にかえってブームとなり、ページ増大。岬さんのお腹ははちきれんばかりにふくれあがり、健一の財布もふくれあがる。父親母親は年金ラッキーもんとしてカナダとハワイへの旅行を決行。ノリは小学一年生に向けて、空手の稽古。洋子&松本くんもムダに人生を楽しんでいる。徹の奴は、ミーナとともに湘南に引っ越してきて『ミーナと一緒!』というブログが大あたり!著名ブロガーとしてミーナの着せ替えごっこに夢中だ。元カノりえちゃんは、どうもNPOの男性会員と同棲したらしいが犬だという噂もある。モーホー志田さん&キューピーも、湘南に引っ越し、湘南セレブで捕まえたクライアントのお仕事がぼつぼつといい感じ。キューピーの『盗撮!湘南美人妻』はマニアにだいぶ売れたらしい。須田医師は、心臓外科のカリスマとしてテレビにラジオに大忙し。和田真由美看護士は、須田医師のマネージャーとして相変わらずミニスカで闊歩しているそうだ…。

 「あれだよなぁ、美那子ぅ、なんか知らないけどこの平成大不況、リーマンショック、格差社会、政治腐敗とあれだけど、俺たちみんな幸せだよなぁ」

 「うん、そうねぇ。世間様に悪いくらい幸せもんだぞっ!感謝しないとねぇ」

 「感謝かぁ、…俺はやっぱり二男のくせに結婚まで来れたのは数多くの長男のお陰だから、長男に感謝かなぁ…」

 「長男?なんだぁ、それっ!私は私だな。頑張ったもん、美那子。って、ふたりとも大間違い!神様に感謝よ!」

 「そうかぁ、なんまいだぁ、なんまいだぁ、っと」

 「ふふっ、宗教の価値が訳わかんない日本に生まれてよかった。イベントも多いし。ウェディングも着れるしなぁ。アーメン」

 「さっ、とっておきの焼酎、名月でもやるかな。どう、美那子も一杯?」

 「うん。そうかぁ、ふたりとも独身最後の夜だもんね。ふふっ、襲わないでよ」

 「馬鹿、おまえだろ、襲うの!」

 「…だって、竜、腹筋ぼこぼこがあるんですもの。あーっ、ぼこぼこぼこ!大好き!」

 ♪チンチロリーン

 「ん?携帯?あっ、すけじぃだ!」

 「すけじぃ、お久しぶり。明日、来てくれるんだろ?」

 「あっ、竜二か?いいか、よく聞け!おまえ、二男がそんなに簡単に幸せになると思うか?あまりに甘いと思わないか?いいか、俺はこれからグアムの方へいく。おまえも、それからみんなにも伝えてくれ!すぐに日本を出るんだ。でないと…」

 「なんだよぅ、すけじぃ。どうせ結婚式が済んだらワイハだし。二男にだって幸せは来るんだよ」

 「竜二、もうこれ以上は言えないんだ。頼むから、みんなで日本を離れてくれ!俺はもう、行かなくちゃならないんだ。いいか、竜二!おまえという二男が幸せになるなんてことを神様は許さないんだ!なぜかは知らないが、それが二男の宿命なん…ププー」

 「すけじぃ、なんだって?またヘンな踊り踊ってくれるって?」

 「うーん、なんかわかんね。俺が美那子と一緒になんの嫉妬しちゃってんのかなぁ」

 「そらぁ、そうだよなぁ。ふふっ、竜…」

 「美那子…」

 翌日、三月十一日。
 
 湘南では晴天の中、ビッグウエィブが立ち、サーファーが大声をあげ波に乗っていた。俺は午後からの式に備えて、ノリとお話ししてた。

 「竜じぃ、ついにだな。あがるなよぅ、おいらがついてっからな」

 「おうっ!俺が酔っ払ったら頼むぞ」

 「うん!竜じぃ、おめでとうだな!」

 「サンキュ!」

 俺はきつくノリを抱きしめると、二男も長男も家族も他人もオトコもオンナもモーホーもミニスカもないよな、みんな一生懸命に生きているだけだよな、なんて柄にもないことを思った。

 「竜じぃ、今日は波がすごいぞ!」  「がははっ、俺の結婚式だからな!地震でも起きるんじゃねぇか?」     
                           

「二男坊」~第四話~ [小説]

 
 夢中
 池袋の南口、少し寂れたマンションの二階。煙草をくゆらせ、小さな公園で遊ぶ親子連れを見る。少し派出めなお母さんと幼稚園くらいの男の子。ブランコに揺れながら、バーから流れてくる下手くそなジャズピアノに身をまかせて何を想うのか。そう、今は深夜の午前二時…。

 「あっ、まいったなぁ、最近、思考がエッセイ風だよぅ。ふふっ」

 りえちゃんと別れ、契約ライターもやめ、このマンションに漂着した俺は、それから三年、狂ったように営業をし、狂ったように仕事をした。休みはなし。ひたすら取材をし、テープを起こし、キーボードをうち続けた。別に辛いとかはなかった。生まれて初めてのことだが、仕事が楽しかった。すべての責任は自分にあることが心地よかった。「仕事に逃げるなよ」なんていう奴もいたが、そう俺は夢中だったんだ。

 夢中。俺の大好きな言葉。幼い子供は何かをし、親に喜ばれると夢中でひとつのことを極める。それは漢字だったり、時刻表だったり、水泳だったり色々だが、子供は夢中だから、疲れることを知らない。つまりすべての子供がかつては神童だったのだ。まぁ、テレビゲームひとつで、あっ!という間に凡人になるのだが…。

 そんな夢中な俺に朗報が届いた。

 「やほー。やってるやってる?義理弟竜二ライターくん?」
 あ。この声は長男健一の奥さんで俺の元上司の岬さん。

 「そこ池袋でしょ。ふっ、風俗にはまって干上がってんじゃないのぅ。このマセガキ中年がぁ」

 「岬さんこそ、アラフォーか、もう。ふっ、ショーパンはやめなね」

 「ばーかもん。いい女に年は関係ないのだ。この美脚、本当衰えないんだからぁ、って。いいの、私の美については。あのさぁ、竜二くん、ウチの会社でさぁ、なんかライターの賞やってんだけど。応募してみない。一応、ライターさんの登竜門みたいなもんなんだけどさ。賞取ると、仕事変わるわよぅ。金が、金が、金がすんごいの。十倍のギャラになっちまうのよ、この業界ってば!」

 確かにライターの書く文章の良さなんか評価できない。何がよくて何が悪いのやら。誰がうまくて誰が下手なのか。だから、この世界では賞が幅を利かせるのだ。

 「うーん、やってみようかな。岬さん、一票入れてくれる?」

 「あーら、かわいい竜二くんのために、入れさせてあげるわよ」

 「いいや」

 「無視。資料、送っとくね。内緒だけど、健ちゃんてばあれで夜は凄いん…あぁ、夜が怖いなんちってね。じゃ、バハハーイ!」
 無視。

 つーこって、その邂逅軒賞というのに応募しただが、これが、一等賞!百万円!ゲッツ!もちろん、そのうち三十万円は岬様の胃袋とせくちーお洋服に行ってしまったのだがよ。それより、岬さんの言う通り。今までの十倍のギャラ仕事がガツンと入ってくんだよなぁ。書いてるのはあくまでも俺だから変わりないんだがな。まぁ、いい。とにかく、仕事がガンガン、お金もバンバンつー生活なのだ。

 アニメ系の徹くんや元カノりえちゃん、カメラマン見習いのキューピーくんなんかもご無沙汰なので久しぶりに連絡すると、あらま、人生色々。デザイナーの徹くんは、もはやアニメ系を脱出し、ITな起業家に。元カノりえちゃんは、ペット愛護のNPOを立ちあげ、全国各地で公演を。キューピーくんは、カメラはライブだとかいって盗撮のプロに。

 ふんふん。へへ、俺が一番出世頭じゃんよ。てなこって、忙しいのよ。マジで。ライターという仕事は色々な人と出会えるから、コネクションも増え、仕事もどんどん増えて来る。もう、煙草三箱。パソコンもまっ黄色だもの。だいたい、休みがないから、こまめに息抜きするしかない。息抜きはなんだって?へへへ。岬さんのこれまたいうとおり。風俗よ。そして酒だな。

 基本、ライターだから調べあげるのが好きなんだろうねぇ。パソコンで、風俗情報観て、これだ!ちゅうお店見つけたら、とにかくロケハン(お店を見にいく)。それで、ふむ、なかなかこれは!な感じがしたら。もう一度、パソコン開いてお店HP開いて、かわいい子チェックして、きちんと予約しちゃうのよね。先日もエステつーので、お店調べたけど。お店の外観も女子もなんとなくゴージャスなんだなぁ、これが。昔の人は風俗つーと、キャバレーだとか、ソープ、フィリパブ、ファッションマッサージなんて思い浮かべるだろうけど。東京池袋も腹黒都知事のなぜか風俗撲滅大作戦で、店舗型は少ない。みんなデリバリーなのですよ。そんな中、セックスレスな時代に合わせたのか流行っているのが、これ。一見、普通のアロママッサージ店みたいなのだが、最後に手○きすんのだよね。手○きなんか、自分ですりゃいいんだが、上品なお姉様にされると…ふっ。まぁ、この辺はおいといて。不毛だし。後は酒だよなぁ。

 編集者の方たちに接待という名目のお金があると、まず居酒屋でじっくり呑んでさ、キャバクラだよなぁ。そんで、あっ、という間に六時間。編集者やライターなんか、鬱憤溜まってるし、キャバクラもこの大不況で必死やから、もう盛り上がりますん。で、泥酔。マンションに朝方ぶち倒れて、午後に起きてお仕事な毎日。いやぁ、そりゃ、二日酔いだろうがなんだろうが、頑張ります、竜二って感じ。そう、毎日が生きているってこんなの言うんだべな。

 で、マジにハードに仕事&遊びでがんじがらめな生活を送っていると、忙しい、つまり、心を亡くす。どちらかというと人に気を遣う性格だったのに、随分と生意気になっていたらしい。先日もライター見習いの女子を怒鳴りつけた。

 「おめぇ、馬鹿じゃねぇの。取材行って楽しくお話できたのはいいけど、相手の名前とか生年月日みたいなもんとか、きちんと聞いてないし、テープ聞いたら、これ女子会みたいな、お話じゃねぇの。仕事だぞ、これ?」

 「だって、竜二さん、そういうの聞いてこいっていわなかったから…」

 「はい?この糞馬鹿女!死ねっ!俺が言わなきゃできねぇのかよ。そんくらい、その辺の取材原稿見れば分かるだろ?若いのコミュニケーションが下手だって聞いてたが最悪だな。わかんなきゃ、俺に聞いてもいい訳だろ!で、まぁ、いい。この後始末は自分でバンバンしてね」

 「…は、はい」
 二十三歳、某有名大学卒業の女子、吉田美那子。明るい顔しているし、スタイルもいい。三ヶ国語喋れるし、水泳の選手でもあったらしい。やる気もありそうだったから、アシスタントにしたのだが…。最初の日は五時に帰った。新人歓迎会として居酒屋予約したのに、私、用が、って。そのお弁当もうざいんだよ。うさちゃんリンゴがいるじゃねぇかよ。で、いわれたことは潔癖なくらいに完璧にやるが、自分が好きで入ったライターの道だというのに、そっちの勉強は何もしていない。いい加減、俺もむかついてきていたのだ。
 三日後、そろそろ原稿をチェックし、取材先に見てもらわないといけない。

 「おいっ、この前の原稿できたのか?」

 「…は、はい?」

 「はい?じゃなくて、この前のおまえ、つまり美那子さんが書いた原稿、見せて」

 「あ、あの、まだできてません」

 「はい?だってスケジュールわかってるよね?相手の方に原稿見せる約束したのおまえだろ?」

 「ええ、でもまだできてませんから」

 「…」

 「だって、まだ竜二さん、相手の方に電話なさってないし。まだ、いいのかと」

 「えっ、俺が電話するのか?…この数日間、じゃ何してたの?」

 「漢字検定の…」
 馬鹿だ。完全に馬鹿だ。馬鹿。言葉は悪いが、この業界では普通の言葉だ。馬鹿。脳みそがフリーズしちゃう奴。

 「あのさぁ、この取材原稿は、題材がおまえの好きなJーPOPの話でさぁ、相手が今、有名な音楽評論家兼モデルの麗華だから、おまえが行きたいって言ったんだよなぁ。で、麗華さんを取材してきたじゃん。まぁ、文章書くってなんにでも目的がある訳だけど。目的は?」

 「ええと、これから輝く麗華のおすすめJ―POP」

 「そうだよな。ところが、おまえの取材では、麗華さんのプロフィールがないし、雑談に終わってて、どのJ―POPがおすすめかわからん。だから、後始末頼むと言ったよなぁ?」

 「はい」

 「なのに、漢字検定って何よ?」

 「あぁ、電話とか再取材はしてませんけど、私ならではの原稿はできてますよ。パソコンで調べて、麗華さんのプロフィールもばっちりだし、おすすめは男性グループのスナップに決まってるんです」

 「…誰が決めたの?」

 「話の流れで私にはわかるんです。竜二さんにはわからないでしょうけど」
 沈黙。もう、時間はない。俺は美那子が書いた原稿に目を通し、質問事項をピックアップすると、すぐに麗華さんに電話した。幸い、麗華さんはつかまった。

 「あ、おはようございます。私、先日、麗華さんに取材をいたしました吉田美那子の上司で、ライターの片桐竜二と申します…」
 話は五分で終わった。危なかった。麗華さんのおすすめはスナップではなく、まだインディーズのミルチルだった。年齢も二歳若かった。しばし集中し、美那子の書いた原稿を直す。ワードで整え送る。約三十分の作業。これがどうしてこの馬鹿女にはできないのだろう。

 「ほら、できたよ!麗華さんにも送ったよ」
 …美那子はいなかった。

 それから、自分の原稿書いて、まぁ、一息ついて、こうして公園で遊ぶ、親子見てるんだけどさ。俺もああいうなんか和む風景を自分のものにできねぇのかな?仕事は好きだし、やりがいはあるけど。なんかが足りないんだよなぁ。美那子にもきつかったかな。あっ、ベンツ。ふーん、あの親子の旦那893さんかぁ。なんで、893さんてもてるんだろうなぁ。まぁ、いっか、寝よ。

  翌日は朝から大変だった。美那子の父親が現れたのである。

 「あなたが竜二さんか?私、美那子の父親だが、随分と美那子を鍛えてくれたみたいだな?」
 なんだ、こいつ初対面なのに。

 「はい、私、ライターの片桐竜二と申します。美那子さんには今、頑張ってもらっているところで、コツさえ飲み込んでもらえれば、美那子さんにもどんどん原稿書いて頂こうと思っているんですよ」

 「美那子はもう来ん!」

 「はい?」

 「美那子は嫌になったらしい。原因はおまえだ。なんでも美那子がきちんと原稿書いているのに、おまえが馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だと騒いで、随分と美那子は傷ついたみたいだ。ほらよ、退職願い。小僧、あんまりいきがんなよ。ちんけなもの書きが!美那子は官僚の恋人もいるしな。じゃ、お世話になりました」

 「待てよ、爺ぃ!で、美那子さんは平気なのかよ?」

 「ああ。おまえの心配などいらん!」

 「違うよ!美那子さんはライター辞めていいのかよ?」

 「は?ライターなんかわしは最初から反対だったし。なんなら、出版社くらいのコネは私にはある。そういうことだ、じゃ、失敬」

 美那子が悩んでいるとしたら、その責任の一端は俺にもあるのだろう。今は昔とは違う。そんくらい自分で乗り越えろなんて軽くは言えない。でも、俺は美那子との面接で美那子が放ったひと言を覚えている。

 「私、ずっと親に甘えてきちゃったから、独立したいんです。それが親へのありがとうだと思うし…」
 今、辞めたら、すべてがダメになる。美那子の人生は消えうせてしまうのと同然だ。美那子のスマホにかける。留守電。メッセージは面倒だが、ひと言だけ入れておく。

 「美那子、これでいいのか?」

 煙草三箱に焼酎のお湯割り、風俗にまみれて、仕事はいい加減にしたいくらい増えつつある。頭はボーッとし、肺は苦しく、胃はシクシク。肝臓は重たい。

 「やべぇなぁ。身体ボロボロだろうなぁ、俺。あぁあ、美那子でもいりゃ少しは助かるのに」

 「はい。竜二さん、なんでも言いつけてください!」
 あぁ、びっくりした!美那子は、今までの山の手お嬢さんルックから、GパンにTシャツという格好にショートヘアへと変身してにこやかにドアの前に立っている。

 「すみませんでした。あの父が迷惑かけてしまって。嫌になんか私なっていませんから。官僚なんて嫌いですから。ただ、ちょっとコピーライターの先輩に話聞いて来たんです。…本当にごめんなさい。広告業界に比べればここ楽ちんなんですね。普通、首で当たり前のこと私してて。でも違いますよ、これからは!パワフルお馬鹿な美那子でいきます」

 あ、目が輝いてる。とにかく若い女子は元気な姿が一番似合う。

 「OK!じゃ、この原稿、ブラシュアップして。三時までだけどできるか?」

 「まかせてください!美那子ったらやると決めたら脱いでもすごいんです!」
 …ん?なんか、岬さんに似てきたか…。

 二時三十分。原稿をチェックする。俺の原稿なのだが、何かが違う。そうか、タイトルだ。

 「日焼けの跡に男は弱い。もて期は今だぞ!」→「感情線に秋が来る。もて期を逃さないで」。女性誌のエッセイなのだが、俺は男目線から読み手の女性に問いかけているが、美那子のは共感を呼ぶ感じに仕上がっている。文章も語尾が変わっている。

 「…いいんじゃないか」

 「やったー!美那子、感激!竜二さん、カレー作ってあげるね!」
 あ、やっぱり岬さんに似てるもの。結局、そのエッセイは担当者に好評だった。

 「竜二さん、いいじゃないですか。今までは少し男が書いてる感じでしたが、女性は案外そういうの反感持つんですよ。これなら、グッジョブです」

 「ちっ!」
 少し悔やしい俺ではあったが、嬉しい気持ちもあった。これからは女性向きのはみんな美那子にまかそう。

 美那子の成長は早かった。あらゆる雑誌やエッセイなどを読み始め、疑問があると俺になにかと聞いて来る。取材用のデジイチとICテープレコーダーの使い方もしっかり覚え、後は数をこなすだけで成長していくのだろう。特にファッションや旅行などは、男の俺より引き出しが多い。若い、という武器もある。その代わり俺は自分の好きな分野、ジャズやペット、映画などに力を入れていった。医療や政治、学問などははんぶんこだ。

 「えっ、竜二さーん、この心臓特集っての、美那子なの?。これってば絶対竜二さん向きよぅ。心臓でも胸、胸でも乳なら美那子だけどさぁ」

 「無視。はいはい、じゃ俺がやりますよ。その代わり、美那子さんはこれね」

 「嘘っ!これ竜二さんがやりたがってた懐かしい韓国POP女性編KORO特集じゃない!嘘ー?いいのぅ?美那子、感激!竜二さん、大好き!」
 嘘つけ。池袋西口ジャズ喫茶アルタードのイケメンボーイにお熱のくせに。

 「それガツンと書いてさ、大好きな音楽評論家の道、つくってしまえばいいじゃん。俺は心臓の勉強してバチスタなんちゃら書いて、作家になるかな」

 「キャー、竜二さん、素敵ぃ!ほら、タイトスカートの割れ目よ。チラリン」

 「チラ見」
 なーんて、俺の事務所もいい感じになってきたなぁ。

         

 心臓外科医の須田医師は、神の手を持つ男といわれる。なんでも心臓が大きくなって心不全を起こしてしまう難病にひとつの光を与える手術を、その神の手で磨き上げ、術後生存率を一年以内から三~七年に引き上げた男だ。久しぶりの緊張感。だいたい病院、嫌いだし。
 病院の中庭で待つ。そこが待ち合わせ場所なのだ。十二月、安定したお陽さまのぽかぽかな感じ眠たくなる。

 「わっ!」

 「わぁ!ゴメンなさい、俺は何も…って」

 「ははは。こんにちわ、僕が須田です。ここいいでしょ、昼寝には最高」

 「あっ、須田先生ですか、私、ライターの片桐竜二と申します。今日はお忙しいところ…」

 「まぁまぁ、ゆっくりやろうよ。焦ってもしょうがないよ」
 須田医師の大きな手が、握手を求めた。にぎにぎ。その瞬間、俺はすべてを須田医師にゆだねたくなった。これが神の手か。
 須田医師は温和な感じだった。べっ甲フレームのメガネに白髪の混じった髭、目は少し茶色。なんだか賢いシェパードのように品格がある。

 「片桐さんはずっとライターなのかな」

 「えぇ、就職氷河期で大変でしたけど、運よく」

 「運。そうだよねぇ、僕も日本では芽が出なくて、ブラジルに渡ったのがよかったのかな。ブラジルってサッカーやサンバしか知られていないけど、進歩的な医師もたくさんいてね。僕の手術もそこで学んだものなんだよ。バチスタ?って最近よく聞くでしょ?あれ、そのブラジルの医師の名前なんですよ。しかし、すごいよねぇ、心臓が大きくなったなら、じゃ、小さく切ってしまえ、なんて普通考えつかないよねぇ」
 俺はICテープレコーダーを回した。

 「この十何年で移植法もでき、人工心臓や新しい薬もできたけど、ips細胞なんて完成したら、もう、亡くなる人いなくなっちゃうよね。片桐さんはどう思う?ips細胞?」

 「難しいですよね。延命治療ってのも、人それぞれだろうけど。俺もとい私はしないんじゃないかな」

 「ふふっ、わかんないよ。人間、あの間際は。よしっ、じゃ僕の部屋で話すか。あっ、その前に片桐さんの心臓見てあげるよ。ライターって煙草すぱすぱお酒がぶがぶな感じだもんな」

 「あっ、はい」
 看護士さんに血液検査や尿検査、肺のレントゲン検査、さらに心電図を撮られる。

 「どれどれ」
 須田医師があわてずにただしすばやく心電図を見る。少しあわててレントゲンを見る。かなりあわてて、看護婦さんに指示をする。じっ、と俺の顔を見ながら、柔和な声で須田医師はいう。

 「片桐さん、落ち着いて聞いてよ。運、持ってるよ君は。君の心臓さ、僕の専門の拡張型心筋症ぽいんだ。とりあえず、心エコー撮ってみて」
 (またぁ。須田先生がお茶目なところがあるのはもう分かっていた)。

 「はい、エコーでもなんでも」
 須田医師の眉毛が少しだけ動いた。

 暗い部屋でエコー技師の女性に半裸な俺はヌルヌルのものを塗ってもらい、なんかつめたい金属みたいのを心臓あたりにぬらぬら。(あぁ、このエコーつーのはなんて気持ちのいい…)。あまりの気持ちよさに居眠りしそう。

 エコー技師はサーフィンでもやっているのか日焼けした美人さんだった。

 「どうですか?」

 「ん?技師は何も患者に言っちゃいけないのよ。心臓、というか階段とかあがる時、息苦しくない?」

 「まぁ、煙草三箱だし、年ですから」

 「ふぅん。あなた須田先生に取材にきたんですって?運のいい人ね。はい、じゃ終わり。タオルでヌルヌル取ってね」
 なんとなく嫌な感じが俺を包んでいった。

 診察室。須田医師が、エコー画像を真剣に見ている。
 「ほら。片桐さん、この画像見てごらん。心臓って普通どのくらいの大きさだと思う?」

 「えーと、こぶし大」

 「そうだね、でもこれ見てごらん」
 心臓らしき白いくらげのような物体はメロンくらいの大きさだった。

 「これが、拡張型心筋症。…今から君はライターの片桐さんでなく患者になってもらう。いいね」

 「そ、そんな、心臓が大きいたって痛くもないし…」

 「馬鹿もん!来年には海外で移植しないと、どうなるかわからないんだぞ!」

 ガァーンッ!

 「…なんちって、死刑宣告みたいなもんだったけど、実は俺さ、少し嬉しかったんだ。だって、自分でまいた種とは言え、仕事忙がし過ぎだし、もう身体ぼろぼろに痛んでるのわかってたもん。これで、少し休めるつー感じだったのよ」

 須田医師の判断で俺はすばやく検査入院ということになった。連絡すると、美那子がすぐきてくれた。

 「竜二さん…本当に大丈夫なの?でも今日から検査入院なんでしょ。この原稿どうします?」

 「うん、俺やっておくよ。別にどっか痛い訳じゃないし。それより、美那子の方は?」

 「あっ、うん、できたら見せに持って来る。他のどうしようかなぁ」

 「一応、お客さんにはメールしておくけど…美那子が見てできそうならやっちゃえよ。親分が倒れるってのはチャンスだからな。美那子事務所にしちゃってもいいぞ」

 「…そ、そんな」
 美那子はギュッと俺の手を握ると自分の胸に押し付けた。

 「あたたかい?」

 「うん」
 もう、俺が弟子というか子供状態。なんか、ほっ、とするなぁ。やっぱ、女子は。

 「美那子」

 「竜二さん」
 

 「須田ですが、」
 あぁ、びっくり。
 須田医師が、ニコニコしながら、紙ぺらを持っている。

 「まぁ、片桐さんはカテーテル検査というなかなか嫌な感じの検査をして、多分、自宅療養となるけど。そちらのお嬢さんは娘さんかな?」

 「あっ、いや」

 「絶対!違います。私、吉田美那子二十三歳、ライターをしています」

 「ほう、また若くて元気なお嬢さんだね。僕が若かったら…」

 「いやん」

 「須田先生、俺はどうすりゃいいの?」

 「あ。片桐くんはご家族の方、呼んでおいてください。書類にハンコとかもいるし。こっち、片桐くん担当の看護士で、和田真由美くん。彼女によく聞いておいてね」

 「よろしく。真由美って呼んでね。これでも元読者モデル上がりなの。よろしこー」

 「わんわん」

 「じゃ、和田くんいくよ。そのスカート短かすぎ」

 「…す、素敵。オーラがすごい須田先生ってば」

 「…す、素敵。オーラがすごい和田看護士さんてば」

 「はっ!」

 「はっ!」

 「あ。じゃ、竜二さん、私、原稿があるから」

 「う、うん。気をつけて」
 何が気をつけてか知らんが病室にしてはなかなかラブリーな雰囲気ではあった。

 次の日、病院に妹の洋子がきてくれた。父秀一、母森子はこういう息子の病気とかには触れたくないタイプなのだ。

 「竜ちゃん、これ。タオルと歯磨きセットと、洗面器と湯呑み、後、ハンコか」

 「…」

 「何?」

 「洋子、太った?」

 「へへへ。わかったか。そう、赤ちゃんができたらしいのよ。三ヶ月だって。旦那もやっと仕事やる気出してくれて、ほっ、としてるとこよ」

 「赤ちゃんかぁ。ついに片桐家初のお孫ちゃんの誕生だな!おめでとう!」

 「ありがとう。でも、何、竜ちゃんが病気なんて。糖尿病とかじゃなく心臓?一応、これ。心臓病の本、買ってきたわよ」

 「おう、サンキュー!」

 「あの…」

 「はい、あっ、竜ちゃんお客さま」

 「あぁ、こちら事務所手伝ってもらっている美那子さん、こっち俺の妹で洋子」

 「へぇ、若いわねぇ」

 「えぇ、一応、二十三歳だぞ」

 「まぁ、若くて眩しいわ」
 
 「竜二さん、看護士の真由美よ。どう、調子は?あら?お客さま?女子だらけねぇ」

 「ええと、こちら妹の洋子です」

 「あっ、兄がお世話になっています」

 「妹さんかぁ、そうだ、後でハンコお願いね。って妊娠してるのね。禁酒禁煙よ」

 「はい。看護士さんミニスカお似合い…」
 ふむ。洋子も成長したもんだ。お世辞ができるとはな。

 「あぁ、まぁね」
 真由美看護士さんも満更でもない感じで、俺の脈を取り、聴診器をあてる。

 「うん、落ち着いてるわね。とりあえずは一週間色々調べてみないとね」

 「あの、兄の病気って?」

 「大丈夫よ。なにせ主治医が須田先生だもん。神の手よ」

 「須田ですが…あぁ、ここ女性の匂いでいっぱい。いいなぁ、片桐くんはぁ」

 「あっ、須田先生!美那子です。こんにちわ!」

 「おっ、元気娘が登場だな。いいねぇ、溌剌としてて」

 「あっ、須田先生、こっち妹の洋子です」

 「おう、はじめまして。主治医の須田です。ん?赤ちゃんが、お腹にいるのかな?じゃあ片桐くん、甥っ子さんか姪っ子さんと会えるんだな。いいぞ、子供は。あっ、そうか。じゃ、洋子さんでしたか、ちょっと私の部屋でお話しましょうか。ミニスカ看護士も来るべし」

 「うふふふ。やっぱり須田先生って素敵!なんか大人な雰囲気よねぇ。…ねぇ、竜二さん!私、冬の沖縄ってのとひきこもって音楽家って仕事、受けちゃった。いいでしょう、ちゃんと竜二さんに原稿見せるからぁ」

 「おうっ!全然OK!しっかりやれよ!俺はしばらくゆっくりするからさ」

 「うん!じゃ、この原稿、見といてね!また来るから」

 美那子の書いた韓国POP女性編KORA特集の原稿は面白かった。日本では幼稚なイメージを前面に出しそのくせエロい女子グループが流行っているが、韓国はしっかりセクシー。その日韓の男性心理の違いに触れている。日本男子もそうそう韓国女子を嫌いにはなれん。もう、まかせていいかもな。
 …『心臓病と仲良くしよう』。洋子が持ってきてくれた本をめくる。

 「拡張型心筋症と…ん?ないなぁ、あぁ、載ってるの一ページだけかよ」

 でも、読まなければよかった。

 「…つまり予後は悪くなる一方…」

 「残念ながら、拡張型心筋症の場合、よくなることはないんですよ。だいたい原因がわからない難病。よく小さな子供が海外移植で助かったとテレビでやっていますが、成人になってからですと、日本では移植そのものにまだ偏見もあり、なかなか。とりあえずは心臓に負荷をかけないよう薬を飲み、安静にして寝ていること。歩けないくらい苦しくて、足なんかむくんでしまったら、私のバチスタ手術か、人工心臓などがあるだけで。余命ですか…わからないな。人によって全然違うんです。ご家族の方としてはお辛いでしょうが…」

 「そ、そうですか。兄、そんな病気なんですか。よろしくお願いいたします」

 俺は確実に社会から切り離され、病人として生きていくことになったのである。

「二男坊」~第三話~ [小説]


長男

 兄健一と岬さん、妹洋子と同棲していた松本くん、このWカップルがW結婚式をあげた。交際範囲の広い岬さんと洋子の友だちがどっと押し寄せ、それはもう女子会かよ、みたいな結婚式。まぁ、俺としてはご満悦ではあった。デザイナーの徹も、カメラマン役をかってでて、食事もせずに美人狙いで撮影しまくっている。父親母親はもうこの世の春。なにせ長男と長女が一気に片付いたのだから、もはや話題は定年後の海外旅行と孫の教育問題に。

 問題は俺である。二男坊の俺様だ。
「あら、私のかわいい弟ちゃん、何ぼーっとしてんの?キレイどころ集めたんだから、手つけなきゃダメよ!ほほほっ」
岬さんは背中がお尻の割れ目あたりまで開いているウエディングドレスで男性群の視線を集めている。まったく、目立ちたがり屋さんなんだから。

「あら竜ちゃん、あの子いいわよ。すごい資産家の娘なの!」
 洋子は音大出身らしくシックに決めている。…しかし派手な結婚式である。出版業界と音楽業界が集まってうるさいくらいだ。

 トイレでうざったいブラックスーツのチャック全開にして、おちっこちゃー。

「はぁあ、俺もせめてさぁ彼女欲しいよなぁ」

「ふっ、女は裏切るぜ」

「…ふむ?」
大の個室から声がする。どこかで聞いたような…。

「タックくんよ。女よりわんこがいいって!」
こ、この声は!すけじぃ!すけじぃ…つまり、助太郎叔父さん(父親の弟)、略してすけじぃ。幼い頃は随分と遊んでもらったようだが、悪い、記憶にねぇ。

「タック?」

「そうだよ、世界平和を守るタックくん、俺はそう悪の親玉、ブラックよ!がはははっ!」   
 …あぁ、また幼児モードに入っているようだ。

「なんだ。すけじぃか、元気か?」

「おうっ!まだ独身で未婚でチョンガーだがな」

 確か、四十路半ばを越えているはずだが、いんちきくさい童話作家をしながら、板橋かどっかの四畳半でわんこと暮らしているはず。

「すけじぃも結婚しろよなぁ。いっぱい可愛いのいんじゃんよぅ」

「馬鹿者!女の目当てはすべて金じゃ。健一のあれなんかせくちーでたまらんが、ちゃんと健一の才能が金になると思ってるしな。洋子の旦那なんかもITとかやってんだろ?やっぱ金だよ、金。ママでも金」

「そうかぁ?岬さんはいい人だし、洋子もあれで気がつく方だし…」

「問題はじゃ!」
 聞いてねぇしっ!

「二男坊じゃ!ふっ、おいらもおまえも二男坊。竜二も多分、結婚は無理だぞ」

「なんでよ」

「今にわかる」

「今に、って」
 ガチャ!

「あっ!驚いた。いきなり出てくるなすけじぃ、なんだ?その格好は?」

「えっ、格好いいだろ!これから健一と洋子のために、モダーンダンスちゅうのをやってやるだよ」

「モダーンダンスってツルッパゲのふんどしいっちょでかいっ?」

「ん?はみでてやがる。まぁ、いい。いくぞ!タックくん!」

「タックくんて…本当でやる気かっ!」

 洋子の友人代表がショパンの雨だれを四重奏で弾き、岬さんの友人代表がマジックをやり、拍手喝采のところへ…

「はーい!みなちゃん、すけじぃでちゅう!今日は健一、洋子とその相棒のためにどうもでつ!モダーンダンスしまつぅ!」
 すけじぃは顔はいい。身体も四十路にしては暇と貧乏でたるんではいない。見方によれば、昭和なモダーンダンスには見えなくはないが…。

 「はぁ」
 くねくねと踊るその変態中年幼児ダンスに女ども、夢中。あ、岬さんも目がギラリンチョ!さすがに洋子はもう消えている。

 「キャー、すけじぃさん素敵ぃ!」

 「はみでてるわー。案外でかい!」
 
「こっち来てー」
 なんなんだ。この歓迎ぶりは。まったく最近の女は…。

 「すけじぃさん、こっち向いて、撮るよー」
 あ。徹までかよ。がっくん。その次の出し物、俺のジャズギター「いつか王子様が」は、まったく無視された。

 ちなみにアベノミクスで中堅の谷崎書房は沈没寸前。岬さんは、その実力から大手出版社へ。徹は、その岬さんのコネでおたくなアニメ動画の会社へ。残念ながらまだまだ未熟な俺は、フリーランス・ライターというブラックな肩書きを持ったプーだ。幸いバイト先だったバーで働かせて貰えている。…うーん、なんか知らないが、これぞ、格差社会の現実か?洋子の旦那はMacおたくだけあって何やらIT企業を立ちあげたらしい。

 「あぁあ、これじゃ、生計成り立たないし、結婚どころじゃないよなぁ」

 「その通り!」
 あ、すけじぃ、まだいたかっ!あなどれんっ!
 ま。とりあえあず実家に依存していれば生きてはいけるんだけど。そんなおいらが恋しちゃうとはなぁ。

          

 狂乱の結婚式から一年。俺は地道な営業努力で旅行雑誌の契約ライターになれたのだ。もともとワンダーフォーゲル部という渋いクラブ活動をしていたので旅行は得意だ。彼女はそこの編集長。また、岬さんタイプかと思ったら違う。ふんわり!なガーリーを着こなし、笑顔が絶えない隣のお姉さんて感じ?名前が桜田門梨恵子と、ちと堅苦しいが、案外、天然さんだ。

 初めての取材で沖縄にいった時のこと。普通、別の部屋に泊まるだろうに、「こういうの初めてで新鮮だわ」とおいらと四畳半の民宿に雑魚寝。「いいのかな?」といい加減、眠り続けていた俺の息子も立ち上がろうとしたが、あらま。もう、寝てる。その寝顔には「安心」という文字が。俺としては男と見られてないのか?と愕然としたものだが、違った。

「…竜二くん、寝た?」

「ん?いや」

「竜二くん、素敵だからさぞかわいい彼女いるんでしょうね?」

「いやいや。それが全然いないんすよぅ」

「…私さぁ、もう三十路なんだけど。恋人っていたことないの」

「えっ、まさかぁ」

「本当。…明日合流するカメラマンの志田さんが少し気になってて、ひとつ前の取材で頑張ってみたんだけど。もうっ!私ってダメね。志田さんモーホーなんですって。初めての告白相手がモーホーよ。切ないわ」

「編集長はそれだけ素敵なんだから平気ですよ。焦らなくっても」

「これでも?」
浴衣を足元からそっと開く編集長。真っ白な太ももが月明かりの中で桃色に輝く。ゴクリ。

「ほら」
右足の太ももあたりを指差している。
よくわからないが、三cmくらいの傷跡。

「ひどいでしょ。学生時代にバイトでパンダのぬいぐるみしてたんだけど、なんか変態みたいな人に…」

「パンダ…」

「そう、実はパンダなの。だから、人間との恋は…違うだろ!」
 つい笑ってしまう。

「別に気にならないけどなぁ、俺。誰だって生きていれば傷だらけになるしさぁ。編集長、そんなの男は気にしないよ」

「…本当?」

「うん、少なくとも俺はね!」
 すっ、と立ち上がり、浴衣を直すと、編集長は俺の布団に入ってきた。

「…編集長」

「ふっ。私、変な危ない女じゃないのよ。でも、竜二くんは面接の時からなんか今まで出会った男性と違うなぁ、と思ってたの。あ、もしかしてまたモーホーなのかしら?」

「ち、違いますよぅ。って、あうっ!」以下、略。

 てな訳で、俺は編集長の桜田門梨恵子と付き合っているのだ。会社以外では、りえちゃんと呼んでいる。

 「竜ちゃん」

 「ん?りえちゃん、なぁに?」

 「…三十路の男と女が気味悪いけど、いいわよねぇ。いちゃいちゃいてもね!」

 「ダメでつ!変態中年カップルめが!」

 ふたりで暮らしているのは、巣鴨通りにあるマンションだ。日頃、派手な仕事をしているので、この老醜漂う街が、りえちゃんのお気に入りなのだ。で、巣鴨といえば、近所は板橋。板橋といえば、すけじぃ。いつかやって来るだろうな、と悪寒はしていた。

 「ふふふっ!脂ぎったおふたりさん、すけじぃだが、お元気?でなぁ、悪いけどウチのわんこのかまやつをちとあずかってくれんかのぅ?おいらもたまには仕事せんと、やべぇしぃ。ちと、絵本描くんで、神田ホテルに缶詰なんじゃよ。うん、かまやつはご覧の通り、チワワだから、朝でも夜でも一回散歩させりゃーいいだよ。餌はおいら特製の鳥のささみ肉ソテイ冷凍してあっから。じゃね」

「じゃね、ってもういない」

「すけじぃおじさまって、なーんか竜ちゃんに似てるぅ」

「なにぃー、俺がか、このー」

「あん、いやっ!あっ…」以下、略。

 てな訳で、チワワのかまやつの散歩がふたりの日課になった。かまやつはチワワにしてはごっつい骨格で豆柴ぽかった。散歩に出ると女子犬を追い回し、ほっとくと二時間は散歩させられる。

 「ふぅ、でも編集なんてやってるから、かまやつ散歩いい運動よね」

 「まぁ、そうだけどな。あれっ?かまやつ、どうした?かまやつ?」
 なんだか、だるそうに横に寝転んで、息を荒くしている。

 「かまやつ、かまやつ!」

 「私、すけじぃに連絡するね」
 
「動物病院、駅前にあったな!」

 わんこつーのは、喋らないとこが癒やされるのだが、こういう時は困る。かまやつを抱えて、動物病院にいくと、休診!

 「どうしようっ、竜ちゃん?」

 「おーいっ、かまやつぅー!」

 「あっ、すけじぃきたよ」
 タクシーで駆けつけたすけじぃが、かまやつを俺から奪うようにして抱きかかえる。

 「おぅおぅ、かまやつぅ、どうしただぁ?ん?おめぇ、まさか…」

 「すけじぃ、散歩中は元気だったんだけど、帰ってきたら…」
 すけじぃはかまやつの口に手を突っ込む。ウゲッ!

 「…あ。やっぱなぁ。かまやつの奴…」

 「どうしたんだ、すけじぃ」

 「ほれ」
 すけじぃの手の上に、サラミのスティック。

 「これ、普通わんこの好物なんだけど、かまやつチビだから食えないんだよ。喉つっかえてよ。また、拾い食いしただな。かまやつ、めっ!」

 「ワン!」
 現金なもんである、わんこってば。

 「しかし、よかったよぅ。かまやつになんかあったらすけじぃに殺されかねないもんなぁ」

 「おう、殺すな、普通…」

 「えっ、なんだよ。マジかよ、すけじぃ…」

 「いいか!タックもとい竜二、人からなんか頼まれて、もし引き受けたなら、その間はすべておまえのせいなんだ。仕事だって、例えば、ピンチヒッターで取材頼まれて、引き受けたら、そっから先はおまえの責任だろ?もちろん、頼んだ奴におまえのミスの責任はいくんだが。心の問題だ。責任取れないなら、引き受けないことだ!いいかっ!」

 「…そんなこといっても拾い食いじゃぁ…」

 「うるさいっ!」
 すけじぃはかまやつを大事そうに抱えるとタクシーに乗って帰っていった。

 「なんかなぁ…あんなに怒ったすけじぃ見たことないけど。拾い食いまで面倒みれないよなぁ」

 「うーん。私、ちょっとわかるかな。引き受けたら、責任を持て、ってことでしょ。でも、まぁ。よかったじゃない!かまやつも大丈夫だったし。竜ちゃんの気持ちもわかるけど、世間ではよくあることよ。気にしない、気にしない」

 「ふむぅ」
 なんだか腑に落ちない俺だったが、りえちゃんにいわれると、なんか分かったような。

 りえちゃん、もとい編集長との取材も回を重ねるごとに手馴れてきて、カメラマンモーホー志田さんとも仲良くなっていった。そんなある取材の日。志田さんが風邪で、ピンチヒッターで若いなんかキューピーちゃんみたいなカメラマンがきた。
 夏の酷暑の中、秋の信州の取材だ。信州と聞いて喜んだのだが、もはや亜熱帯な日本。避暑地でも暑い。
 とある牧場で牛さんと遊ぼう、みたいな取材をしている時のことだった。

 「…そうすると、乳搾りも子供たちできるんですか」

 「えぇ、みんな一生懸命で笑っちゃいますよ」
 牧場の娘ハイジお姉さんが爽やかにいう。

 「キューピーくん、お姉さんが乳搾りするから、撮ってね」

 「ういーす」
 編集長のりえちゃんは、次の取材先で色々と手配をしていない。

 「じゃ、お姉ちゃん、写真、撮るから笑顔ね。笑顔。うーん、いいいい。あれぇ?ってかお姉さんのおぱいもでかいじゃんよぅ。ちっ、いいなぁ、後でおいらに絞らせてくれよ!」
 デジタル一眼のレンズはお姉さんのバストフォーカスになっている。

 「おい、キューピー失礼だろ。ちゃんと撮れてんのか?」

 「まかせてくださいよ。こんなの誰でも撮れますよ」
 ムカッ!ときた。誰でも撮れる程度を求めているのではない。プロならではの構図や見せ方を期待しているのだ。牧場の娘ハイジお姉さんの方が、手を軽く振って、大丈夫よ、と俺に合図してくれる。まったく、どっちが、プロなのやら。

 とりあえず、信州ロケを終えての翌週。写真を持って志田さんが来るらしい。

 「あれ?キューピーじゃないの」

 「なんか一緒に来るっていうから、挨拶かしら」
 午後一、志田さんがキューピーと菓子折りを持ってやってきた。

 「先日は風邪などひいてしまって失礼いたしました」
 モーホー志田さんは髭など生やし、ダンディではあるのだ。

 「で、言いにくいんですが、こいつ、こいつの写真、ダメで…」

 「ダメって?」
 りえ編集長の言葉がきつくなる。

 「はい。写真データを保存しておくSDカードがいかれているのか、パソコンが反応しないんです」
 「えっ!ってことは?」

 「困ったわ。竜二くん、原稿はできてもうデザインされているのよねぇ?」

 「は、はい。信州の取材したクライアントには、明日、デザインと原稿のチェックをお願いしています」

 「まったく。写真はよかったのに、SDカードがダメじゃ、おいらもお手上げですよ」
 無視。

 「すると、志田さん、再撮?スケジュール狂うわね」

 「すみません。あの、実は昨日、こいつ連れて信州行ってきたんですよ。写真全部ダメで、すみませんも何もありませんから。で、一応、こいつが撮影したカットみんな私が撮影してきました」

 「疲れちゃったけど、またあの巨乳お姉ちゃんもいましたぜ。へへっ」
 キューピー完全無視の編集長りえちゃん。

 「…志田さん、誰の許可を受けて撮影にいったの?取材先はみんな小さなお店とか牧場だけど、私たちの大事なお客さまなのよ。この仕事を仕切っているのは、私、いや、この会社なの。この会社の誰が再撮の許可を出した?再撮するなら、こちらからお詫びのご連絡をして、お願いにいくのが礼儀なの。それからでしょ、再撮は?なぜ、まず私に連絡しなかったの?」
 編集部全体が凍っている。そこへキューピー。

 「まぁまぁ、写真もこうしてあるんだし、いいじゃないんすか。そんなカッカしなくても。みんな、嫌な顔なんかしてなかったすよ」

 「ドスッ!」
 ボディブロー。志田さんのボディブローがキューピーの胃を砕く。崩れ落ちたとこを、首筋目がけて、手刀…。

 「やめなさいっ!ここは暴力団の事務所じゃないわ!志田さん、悪いけどその写真使えないわ。確かそのキューピーくん、あなたの親戚筋だったわね。甘やかすのも叱るのもあなたの自由だけど、その前に志田さん、あなたがそんなんでどうするの?竜二くん、悪いけど信州で取材したお店全部に電話かけて再撮お願いして。できるわね、そのくらい」
 志田さんもキューピーもしょげかえって、今にも溶けてしまいそうである。

 「で、キューピーさん、ギャランティはアップしないけど、再撮頼むわよ。志田さん、それでいいわね?」

 「…へい。誠に恥ずかしい次第で、すみません」

 「じゃ、この話は終わり。私はデザイン部門とスケジュールの調整してくるわね。竜二くん、電話頼んだわよ」

 天然のりえちゃんではなく、そこには若くして編集長をまかされた桜田門梨恵子がいた。

 「…あぁ、疲れた。飲まない竜ちゃん?」
 再撮の手配とスケジュールの変更、印刷所へ短納期のお願いをしての帰り道。もう、終電だった。

 「うん、いいけど。店、開いてるかなぁ」

 「あっ、巣鴨地蔵の横道に小さいけどカラオケバーがあるの。昼はシルバーな皆様でいっぱいだけど、夜、空いてるんだぁ」
 「よしっ!じゃぁ、いくか!」

 カラオケスナック「歌声」は古めかしいバーで、婆ぁがひとりでやっていた。ウイスキーのソーダ割りとあんかけ豆腐、とげぬきチャーハンを頼む。食べ物には期待はできそうにないな。

 「お疲れー」

 「お疲れサマー」
りえちゃんは一気に飲み干すと、早速カラオケの準備にかかった。

 「へへっ、やっぱこんな時はザートにザサン、とぅ、篠原猟子よね」
 おいらはどちらかというとジャズファンだったので、歌謡曲には疎いが。りえちゃんの歌声はしっかり音程もリズムも合っているのだが、なーんか情感がない。

 「おらおら、もっと気持ち込めて!」

 「切なさとぅー悲しみとぅーとぅ!」
 あらっ?余計、固まった歌い方に。

 「もうっ!竜ちゃんうるさいわよ!これでいいの!」

 「ばーか、音楽ちゅうのはテクニックでなく気持ち!ハートだべ?」

 「じゃ、竜ちゃん歌ってみてよ」
 おいらは、カラオケ誘われたら用に二週間カラオケボックスに通い鍛えあげた「大分で生まれた女」をショーパンバージョンで歌う。

 「はぁ、うまいわ。お客さん!惚れそう!」店の婆ぁの顔が火照る。

 「どーよぅ、りえちゃん」

 「ふん。私はねぇ、私は、好きで編集長やってんじゃないの!いい?氷河期時代にねぇ、やっと入れた出版社だけど、上司がさ、上司がほとんどリストラされて、仕事覚えるにも真似する人もいないのよ!」
 あ。俺が歌っているうちにだいぶ飲んだな。

 「くだらねぇビジネス教室通って、自前で覚えたのよ、仕事。だいたい、管理なんか糞面倒だしぃ。竜ちゃんだって同じ年代もんなのに、なんで私が上司なのよ?あ?」
 ふと、岬さんを思い出す。俺は岬さんという上司に恵まれてたのだなぁ。

 「まぁまぁ、りえちゃんは頑張ってるから偉いよ」

 「偉いよ?偉いよ?ですって?あのキューピーだってさぁ、バブルガムブラザーズ時代なら普通に仕事覚えてる年齢よね。でもさぁ、私の世代ほぼ社会性欠如で、訳わかんない派手なIT系かプーばっか!おらぁ、竜ちゃんもそうでしょ?」

 「あ、はい」

 「だから、だからねぇ。キューピーのおバカさんにもチャンスあげたのよ。普通、契約解除よね。それと、志田さんも仕事なくなってきてて焦ってあんなことしたけど、ウチと切れたらやばいのよねマジ。雑誌なんてタブレットで観る時代だしさぁ」

 「はいはい」

 「返事は一度よ!でさぁ、すけじぃもかまやつのことで、竜ちゃんのこと怒ったけど、反省してると思うわよ。…あれでも、昔はリーマンだったんでしょ。社会性は染みついているのよぅ」
 
「まぁな。すけじぃの怒りも今回のキューピーのこと考えるとよくわかるよなぁ」

 「じゃ、私の歌に感情がない、なんていわないでよ…」
 ウイスキーグラス片手にぼろぼろと泣くりえちゃん。

 「なんだ、どうしたんだよ?」

 「肩、貸してよ。感情なんかだしてたら、生きてなんか、生きてなんかいられなかったのよ…」
 それから小一時間ほどいて、俺たちはマンションに帰った。りえちゃんは沈黙を重ねている。
 …感情を出さないって、辛いだろうな。
 
 「竜ちゃん」

 「ん?」

 「…私、もう、疲れてんだぁ。三十路なったばかりなのに、ぼろぼろ。竜ちゃんのさぁ、竜ちゃんを頼ってさぁ、お嫁さんになってもいい?」

 「…編集長やめてかぁ?」

 「うん。竜ちゃんの子供生んで、母親して専業主婦になりたいの」

 「俺の稼ぎ、考えると微妙だなぁ」
 
「…ばーかもん。冗談は美子さんよ。私が仕事やめたらマンションの家賃とかどうすんのよ?竜ちゃんが、編集長なれたら考えてね」

 「ちっ、編集長かぁ。その頃、りえちゃん、高年齢出産だなぁ」

 「あっ、流れ星!へへぇひとつお願いしちゃった」

 「何?」

 「いわぬが花よ」

 信州の再撮は俺とキューピーでいった。今回はマジなキューピー。デジイチも二台持ってきて、撮影したカットをいちいち確かめている。牧場の娘ハイジお姉さんに冗談もいわない。昼飯。

 「竜二さん。この前はすみませんでした。俺、あ、僕、ロケなんて初めてで舞い上がってました。そ、それで、おじさん、ええと、志田さんのこと、どうなるんですか?」

 「随分、叱られたか?」

 「いや。何もいわず、ハローワークなんか通っているんです」

 「ハローワーク?」

 「はい。なんだか、カメラマンはMacのせいでもう食えない!おまえもやめとけ!って」

 「うーん、そうかぁ。確かになぁ。昔はカメラマンていえば、ワンシャッター三十万とかモデルさん合体とか、おいしいとこいっぱいあったみたいだからなぁ」

 「おじさん、モーホーだから結婚もしてないし、親戚とかもあまり親しくしてくれないし…」

 「はぁ、俺にも似たようなおじさんがいるが…あのくらいの年齢なら威張っているのが普通だったのに、この不況じゃなぁ。俺たち若者でさえ困っているんだもん。まぁ、志田さんのことは、りえ、あ、編集長がどうにかするから平気だよ」

 「そうですか!ありがとうございます」

 「編集長がいってたぜ。おまえは志田さんの恩に報いるチャンスがあるから幸せなんだと」

 「恩に報いる…?」

 「そう。なんでも餅食ってションベンとかいってたなぁ…」

 「あぁ、竜二さん、それモチベーションですよ。なるほどなぁ、今、目標見つけるの難しい時代だからなぁ。そうかぁ、いい目標なんだな。おじさんに恩返しするのが」

 「ん?まさか、おまえ大卒?」

 「あぁ、写大出てますよ、一応すけど」

          

 そんな平凡でなんとなく幸せな日々が続いて、秋がきた。残暑の西日がこれが「最後よ!」と肌を焼くが、夕方の風はもはや秋風。虫たちの演奏会もすぐに始まるのだろう。

 「はぁ、いいお風呂だった。竜ちゃんも入ったら?」

 「おう、この原稿仕上げてからな」

 「へへへ、随分とまたご熱心で。やっと竜ちゃんもライターらしくなったわね」

 「てやんでぇ」

 「でさぁ、それがチャンスといきなりですが、りえ、会社辞めるから」

 「…はいっ?」

 「辞めるの会社。それでねぇ、りえったら、流れ星のお願いが叶ったんだぁ」
 
「流れ星?」

 「うん。あのねぇ。赤ちゃん」

 「ん?ばかじゃん?」

 「つまらないし、ふざけない。竜ちゃんの赤ちゃんができたの」

 「…はいっ?」

 「だから、赤ちゃん!」

 ひえーっである。兄健一と岬さんとの間にも、妹洋子と松本くんの間にも、赤ちゃん誕生の知らせがないちゅうのに。この未婚の契約ライターのおいらに、赤ちゃん?

 「ばぶぅでちでち」

 「ほらほら、竜ちゃん、赤ちゃん言葉がもう出てるわよ。そんなんじゃダメなんだからね!働け!よ、これからは!」
 気楽な同棲生活から一変、りえちゃんは会社をやめ、赤ちゃんができて、それなのに俺は契約ライター。(なんとかしなくちゃなんとかしなくちゃなんとかしなくちゃ…汗だく)。

 「ぷっ、嘘ぉ」

 「はいっ?!」

 「だから、赤ちゃんは冗談だってば」

「な、なんだよぅ、驚いてしまったじゃんかよぅ」

 「ってか、退社は本当なんだけどね。それでさぁ、竜ちゃん、私たち別れよう!」

 「はいっ?」

 「ジ・エンド」

 「なんでよ?俺、そりゃ、今はこんなだけど、何時かはりえちゃんと…」

 「嘘!竜ちゃん、嘘だもん、それ!この前、ほら、カラオケの帰り、私、竜ちゃんにプロポーズしたじゃない?でもさぁ、なんだかんだ言ってごまかしてさ。なんで、あの時、ストレートに、いいよ!って言えなかったの。あの時、私、流れ星にお願いしたの。どうぞ竜ちゃんとの子供ができますように、って。でも、今だってもっと素直に喜べばいいのに。…何かが違うのよ、竜ちゃんは」

 「…何かが?」

 「うーん、例えばすけじぃって顔もいいし、面白いしなんだかんだで人気あるじゃない。お話してても一番面白いし。ほら、お兄さんの健一さんて喋らないじゃない。洋子ちゃんの旦那さんだって寡黙よね。でもさ。なんだかわかるんだぁ。岬さんも洋子ちゃんも、きちんとした返事をもらったんだと思う。ううん、言葉ではないかも知れないけどね。それがなきゃ女って結婚に踏み切らないもの。すけじぃもどこか逃げてたんじゃないかな。そして、竜ちゃんも…」
 泪目のりえちゃん。俺は何を喋っていいかわからなかった。

 「いい加減ってことか?」

 「ううん、なんだろう。資質みたいなものかも」

 「資質ね。もう、いいっ!風呂入るわ、俺!」

         

 「おうっ!タックちゃう竜二、この前はかまやつのことで悪かったな!どうした?おいらを酒に誘うなんて破産するぞ!」

 「いや、まぁ。たまには、すけじぃのお話でも耳を傾けようかなぁ、って」

 「なんだぁ?金ならないぞ」

 「いやぁ、すけじぃ、結婚式の時、二男は結婚できないぞ、とか言ってたじゃん?でさぁ、今りえちゃんとさぁ…」

 「おまえ、生まれた時、未熟児だったよな。あらぁ、おまえのお母さんが階段でこけたからなんだぜ。と、長男の健一、小さい頃おまえのこといじめてたろ?ところが親は健一の味方で洋服もお古、ご飯も肉なら脂身、卵なら白身、魚なら尻尾の方だろ?健一のお誕生会はあってもおまえのは無かったろ?」
 …ふむ。確かにそうだった。

 「おいらもそうだったのよねぇ。で、母親に聞いてみたんだ。なんでアニキばかり可愛がるのか、さ。そしたらアニキは純真で傷つきやすいんだって。おいらはどうなの、って感じだけど。母親と長男てどこもそんな感じらしいぜ。最初の子供だしな」

 「テレビも健一の観たいのばっかだったよなぁ」

 「だろ。でも、こらぁ、二男の宿命なのよ。しょうがないの。精子の段階で一番じゃなかった訳だからな。でもよ、二男はそのお陰で僻みやすいけど、長男を追い抜こうとするんだよ。だから、長男のやることみんな真似して、あっ、という間に追い抜いてしまう」

 「うんうん、俺も健一がやったこと、みんな真似して追い抜いたな」

 「で、家を出るのも早い訳。すると社会性も早く身について、しかも幼い頃から社交性あるから、長男なんか追い抜いて、家の外で先に自立する訳だよ」

 「おう。確かに」

 「ところがだよなぁ…」
 すけじぃは、焼酎美人誉のオンザロックを舐め、めざしをひと串食らう。

 「ところがさ。世間様もその努力を認めるものの、二男ならではの社会性つまり提灯野郎なとことか、お喋りなとこ、目立ちたがりなとこが、鼻につくみたいなんだよ。社会つーのは必要じゃなくなると、簡単に出る杭は打つをするんだなぁ、これが」

 「俺、まだ出る杭じゃないぞ」

 「でも健一より目立ってるぞ、存在自体は」

 「ふむ」

 「で、恋愛だけど。女も派手めで面白くて社会的にもうまくいきそうな二男に惚れる訳よ、最初はさ」

 「最初だけかよ?」

 「うん。だって二男は基本、寂しいから、だんだん女に甘えてきて独占しようとするんだよな。そして僻みやすいから余計なこといい出すんだよ。これって女にはうざいらしいぜ」

 「お喋りがかぁ?はぁ、俺としては楽しくサービスしてるつもりなんだけどなぁ」

 「ふっ、おいらもそうだったけど。違うみたいよ女には。で、長男だけど、まぁ、親の過保護の中、愛されてきたから、ぼーっとしてるけど、それなりに轢かれた線路の上歩いたり、落ちこぼれたり、まぁ、それなりに大変だったんだよな。でもさぁ、二男みたいに一喜一憂しないから、まわりの人は助けたくなってしまうみたい。確かにギャァギャアうるさい二男よりいいわな。で、結婚は恋愛の唯一の終着点なんだけど。女って将来きちんと考えて安全な道選ぶのよ。長男は素直だから「好き」といわれれば妙な理屈こねないで「好き」って言うしな。そこが、いいみたいな」

 「資質?」

 「おっ、おめぇいいこと言うじゃん。そっ、資質が欠けてんのよ、二男は。でも、人生どっちもどっちなんだけどな。おいらなんかもう居直ってるから、JKなんかとカラオケしたりクラブ行ったりして楽しんでるぞ。でもなぁ、家族連れ?あれ見ると寂しくなるから、かまやつ、まぁ、わんこなんか飼って、誤魔化してんだな」

 「そうかぁ、かまやつは家族なんだねぇ」

 「まっ、そういうことよ!二男には二男の道があるからさ、世間体なんて気にせず好きにやりゃ、いいよ。なっ、タック!」

 「…すけじぃよ、そのタックって?」

 「ん?覚えてないんだよな、これが!おめぇが小さい時、おいらと遊ぶ時は、おめぇが正義の味方タック、おいらが悪の親玉ブラックになってよくバトルしたじゃん。あの頃は楽しかったなぁ…って、おめぇ、マジ覚えてないの?」

 「う、うん」

 「これだからなぁ、人間の子供は。やっぱり、かまやつがいいや。かまやつー!」
 それから、かまやつ談義に付き合って帰ったのは始発だった。秋の日差しやら空気、風景は、暑苦しい夏の後だけに妙にセンチメンタルになっちまう。

 「…りえちゃんと別れるのかなぁ、俺」
 
 巣鴨のマンション前。大きなトラックが泊まっていた。りえちゃんがあれこれ指図しながら、引っ越しの準備をしていた。なんて、女って素早いんだろ。行動力がずば抜けてるよなぁ。はぁ。俺はきびすを返すと、池袋の方によたりながら歩いていった。
 
 なんだか、とてつもなくひとりだった。

「二男坊」~第二話~ [小説]


パニック
 
 俺は自分のお馬鹿加減にうんざりしていた。読書は、まぁ趣味だったし、小学生の頃はよく作文で表彰されていた。
 だから。
 「谷崎書房 パズル編集部 奥田 岬」さんに誘われた時は、編集上等じゃん、これでフリーターともおさらばだぜ、と、自分の将来に夢を抱いてしまったのだが…。

 谷崎書房はパズル雑誌で売り上げを安定させつつ、いまさらだがペットブームに乗るために新雑誌『ワンダフルだニャン!』の編集部員を求めていた。兄の健一がパズル作家で岬さんと仕事上の関係があり、うまくコネ入社をしたのだが。おいおい、みなさん早稲田とか慶応とかのご卒業生ばかり。
 で。とりあえず管理進行、つまり雑用係になったのだけど。連日、最終電車の、土日出勤って、これって労働基準法に反していないのか。しかも、サービスっす!ブラックじゃん。

 「ふふっ、竜二くん、どう?働くって素晴らしいでしょ」
 岬さんが薄手のブラウスから伸びたしなやかな二の腕を俺の首に巻きつける。春なのだ。

 「あんっ、岬さんてばぁ」

 「またぁ、甘ったれて」

 「うっ。いいっす、気持ち」

 「なによ。アンタまさか疲れナントカしてんじゃないでしょうね」

 アタリ。
 ハズレは、この仕事だぁ。フリーター生活が長かった俺にはちとキツイ。だいたい文章を書かせてくれるのかと思いきや、朝のお掃除、お茶汲み、スケジュール管理、資料集め、校正、そして極めつけはMacによる編集作業だ。スマホは持っていたが、パソコンは初めて。しかもWinじゃなくMac。今時、こんなの使う人いるのかよぅ。

 カシャ、カシャカシャ…カチッ。

 いた。隣では編集デザイナーとして入社。今や、谷崎書房の雑誌関係すべてのメインデザインをまかされいる遠藤徹が黙々と仕事をこなしている。年齢は俺と同じ二十九歳で、もはやチーフ。かなり、寡黙な奴だ。

俺は、岬さんの二の腕に頬をスリスリしながら聞いた。

 「俺ってば、ここでどうなるんすかねぇ」

 「はぁ。知らないわよ。まっ、健一さんみたいな才能無いんだから地道にやんなさいよ。地道に。ほらほら、痛いでしょが無精髭。十年早いのよっ、十年っ!」
  岬さんは俺の頭を軽く小突くとさっさと帰宅した。糞ぅ。まだ八時じゃねぇかよ。あぁ、腹減った。夕食、食うかな。また、コンビニ弁当かぁ。
 
「夕食、コンビニ買いに行きまーすっ」
 席を立つ俺に徹も含め約五名が叫ぶ。「カツ」「シャケ」「サンド」「そば」「エロ本」…。はいはい。俺もなれたもんで適当に聞き流すとコンビニに向かった。

 「いらっしゃいませぇー」
 あらまぁ、元気で若くてかわいい女子だこと。まったくフリーターの方が楽しかったよなぁ。将来なんてどうなっかわかんないしよ。…俺はエロ本以外のものを適当に買うとレジに並んだ。結構な行列。こんな時間でもみんなお仕事してるのね。昔、バイトした市役所は四時三十分にはみんな帰り支度済ませて、五時のチャイムとともにエレベーターにダッシュしてたけど。あいつらは一体なんなんだったのかねぇ。えっ、今もそうなの…いいよなぁ。

 「竜二くん」
 あぅっ、びっくり。見るとデザイナーの徹がうつむきながら笑っている。

 「これ、ついでね」
 ん。と、手渡されたものを見ると。焼酎。米焼酎。運海…いいんかい?領収書で落とせるんかいっ。徹はニッと笑うと、残業代ね、とほざいてさっさと消えた。

 十一時。どうにか糞ったれ原稿の校正が済んだ。
「ウチの子はもうよい子でまだ三ヵ月なのにおトイレできるんですの」…へぇ、すごい。なんて思い、ふと我に返る。これは犬のことなのだ。まったく人間様がコンビニ弁当で遅くまで仕事してんのに、犬が「サプリメント入り高級チキン照り焼き」だぁ、犬畜生め。

 で。そいつは突然やってきた。

 わが家まではJRで四駅。約三十分だ。ところが電車に乗った途端、すごい汗。吐き気。眩暈。…あれ、なんかあたったかな。でも、初体験風の気分の悪さ。電車に乗っている乗客の視線が気にかかる。

 (俺は、今、ここに、いちゃいけないんだ)。

 次の駅に着く。迷わず俺はホームのベンチに倒れ込んだ。夜の冷気が気持ちよい。しばらく目を閉じる。

 「なんなんだよ、これ」
 電車がきた。もう、終電も近い。俺は鉛の鎧を着たかのような体を無理やりベンチから引き離し、電車に乗り込んだ。乗り込んだ途端、また、自分で自分に呪いをかけた。

 (俺は、今、ここに、いちゃ、いけないんだ)。

 油汗がすごい。吐き気に俺は電車のドアに寄り掛かりうずくまった。しかし、意識ははっきりしている。まわりの乗客は酔っ払いくらいにしか思っていないだろう。
 二駅を我慢して、俺はまた電車から抜け出した。ベンチに崩れる俺に乗客の女子が声をかけてくれる。

 「大丈夫ですか?」
 爽やかなスーツ姿のOLさん。俺はその親切心がうざくて、早く向こうにいけ、とばかりに手を振る。十二時過ぎ。ようやく家に着く。兄の健一がテレビを観ている以外、みんな寝ている。風呂場の鏡で顔を見て驚く。俺の顔じゃなかった。頬がこけ目が虚ろになっている。

 「やばいかな」
 俺は風呂にも入らず、布団に潜った。しばらく眠れず、俺は生まれて初めてなにか怖いものと戦うことになるのを感じていた。

 次の日、早くに目が覚める。そっと寝床を抜け出し、台所から牛乳と少しのパンを手に入れる。自分の部屋で食う。もう少しすれば母親が朝食をつくってくれるというのに。眩暈は消えたが、唾が足りない。喉をパンが通らない。

 「なんなんだよ、おい」

 会社ではひたすら仕事をした。何かを忘れたくて。ただ、ひたすら仕事に没頭した。

 昼飯。
 岬さんが俺の顔をのぞき込み、そしてスッと立ち去った。ありがたかった。俺はコンビニでウーロン茶とおにぎり一個を買うと、会社ではなく、近くの公園で無理やり胃の中に流し込んだ。午後もひたすら、誰も声をかけられないような雰囲気をつくり仕事に熱中する。帰り。電車に乗る、その瞬間にまたも俺は眩暈と吐き気でどこかに消えたくなった。

 (俺は、今、ここに、いちゃいけないんだ)。

 次の日。父親母親に症状をいう。
 「社会に出れば誰でもそうだよ」
 と父親がいう。
 「コンビニ弁当ばっかり食べるからいけないんじゃないの」
 と母親がいう。
 ムダだった。この両親は不幸には敏感だ。逃げ足は早い。俺はイエローページで神経内科を探すと予約を入れた。会社に病欠の連絡をする
 徹が出た。
 「…うん、お大事に」
 また、徹夜していたみたいだ。

 神経内科の判断は早かった。

 「パニック症候群ですね」

 「パニック?」

 「えぇ、簡単にいえば神経症、ノイローゼの一種です。原因はストレス。そのストレスは多分、会社での自信の無さでしょうね。社会に適応できるのかどうか不安なんですね。で、逃げる」

 「で、逃げる」

 「そう。普通はしばらく休むのがいいんですが、君の場合、深い原因も無さそうなので三日くらい休んで様子を見ましょう」
 赤と白の小さな薬をもらった。抗鬱剤と精神安定剤。こんな薬を飲むなんて考えたこともなかった。お気楽な性格じゃなかったのか、俺。

 自宅には健一以外誰もいなかった。肉マンを牛乳で流し込み、薬を飲む。なんの変化もなかったがよく眠れた。それから三日間。俺は仕事の代わりにひたすら読書をした。飯は自分の部屋で食べた。母親には持ち帰りの仕事をしていることにしてある。パニック症候群なんて言えなかった。いや、言って泣きたかった。でも、ウチの母親父親にはなんの反応もないだろう。それがわが家の現実だ。兄、健一の重度の喘息も妹洋子のアトピーもそうして無視されてきた。

 三日目。医者に行動療法について教わる。吐きたければ吐けばいい。飯なんて一週間食わなくても平気だ。電車が辛いならなん度でもおりてしまえ。死にはしない。

 「あるがままに」。そう呟いて俺は会社に向かった。会社のドアを開けるのに勇気がいる。 行動療法は、こういうふうに逃げまわる症状に立ち向かわせ、慣れさせる療法だ。ドアを開ける。みんないつもの通り。俺をちらっと見るとすぐ自分の仕事に向かう。岬さんに挨拶。

 「おはようございます。すみません、風邪ひいてしまって」
 岬さんは俺の顔を見ながら、ひとこといった。

 「大丈夫よ」
 俺はデスクに向かうと仕事の続きを探した。

 「はい、これっ」
 岬さんがネットで送られてきたテキストデータのプリントをドサッと机の上におく。

 「頑張ってね、創刊号なんだからこけられないでしょ」
 その夜は半徹だった。創刊まであと少し。徹は三日目の徹夜だという。仕事の多さに俺はパニックになったが、パニック症候群の症状は出なかった。

 「これ」
 徹が紙コップに焼酎と梅干しを入れお湯で割ったのを渡してくれる。

 「これ、って」

 「まぁ、呑んでやりましょ。焦ってもね、しょうがないし」
 固形物は苦手だが水物は平気だ。舐める。

 「まぁまぁ、グイッと」
 一気に飲む。アルコールの刺激が心地好い。胃がカッとする。二杯目。少し酔う。気分はいい。もともと俺は陽気な性格で酒はあまり必要としなかった。なんと二十歳まで飲まなかったし、飲まなくても楽しかったのだ。どうにか最終原稿の第一校正まで終わる。後は入稿前の最終ゲラチェックを校正マンさんとやるだけだ。

 「明日、あさっては徹夜でしょ。今日は帰りますか」
 徹がMacのスイッチを切る。
 ブーン。Macも疲れているようだった。

 帰り。なぜかパニック症候群の症状は出なかった。というか電車で寝てしまった。

 次の日。みんな徹夜の用意をしてきている。
 「さぁ、いよいよ入稿前よ。みんな頑張ってね」
 岬さんが活を入れる。
 それからの二日間は地獄だった。飯を食う暇もなかった。そしてパニック症候群の症状はあまりの忙しさに忘れ去られた。

           
 
 「はーぃっと。みんなお疲れさま。これで、とりあえず出せるわ。まぁ、結果は神のみぞ知るね。ご苦労さま!」
 久し振りに岬さんの姿をきちんと視覚が捕らえた。相変わらず色っぽい。スリットの入ったスカートだもんね。

 「ほらっ、新人、飲み行くわよっ。徹くんも行こっ!」
 元気な声が嬉しい。

 「あっ、また徹くん呑んでるでしょ。駄目よ、編集長に見つかるとやばいんだから。ん?あらっ、竜二くんも?まっ、いっか。酒でも飲まないとこんな仕事できないわね」
 ガード下の焼鳥屋という俺と徹にはピッタリのロケーション。岬さんは色っぽくて目立ち過ぎ。しかし、常連なのか店のオヤジにテキパキとつまみを頼む。

 「乾杯ぃー」

 「ふぅ」

 「はぁ」
 思わず溜め息がこぼれる。焼酎が焼け石に水のようにムダに体に吸い込まれる。いい焼酎なんだべぇなぁ。しばらく三人とも黙々と飲み食う。一息ついたところで徹が喋る。

 「そうそう、岬さん。今回の『ワンダフルだニャン!』のスローガンって、ペットはあなたの大切な家族です、だったでしょ。あれさぁ、ペットに癒やされたいあなたの情報紙、に変えておきましたよ」
 岬さんの瞳がギラリンチョと光る。
 おいらの心臓がピクリンと縮みあがる。

 「嘘でしょ。広告とか他のものも、ペットはあなたの大切な家族です、に統一してるのよ」

 「あぁ、みんな変えておいたから平気ですよ。今、最終はMacデータですからね。で、岬さんはどっちがいいと思います」

 「うーん」
 手羽先塩が三本なくなる。

 「癒やされたい、のほうがあたってるかな。切り口が少し新しいもん」

 「でしょ」

 「…OK!徹くんさすが。アル中でもきちんとデザインできるし」

 「これ、竜二くんの作ですよ」

 「えっ」
 冷や汗。焼酎を飲む。

 「そうなんだぁ。へぇ、やるじゃん、竜二くん。さすが高卒」

 「ひでぇ。岬さん俺、専門校卒ですよ」

 「私だけか大卒。さすがよねっ、岬ってば。てば。てばさき。手羽先、塩三本!よしっ、今夜は落とすから飲んで飲んで。ほら、竜二くんも」
 おいらはとっても楽しく飲んだ。酒ってのはいいな。もちろんパニック症候群なんてどっかに消えてしまっている。うっ、でも吐き気。

 「ほら、竜二くん、平気か。まだ吐くんなら、指突っ込んでやるぞ」

 ふと気づくと知らないアパート。六畳と小さいキッチン。デスクトップのMac。テレビにつながるいくつもの古いTVゲーム。万年床。俺の胃は無理やり突っ込まれた徹の指に反応して痙攣。しっかり吐く。

 「よし」
 徹は胃薬を俺に渡しながら「吐くなら飲むな。飲むなら吐くな」と呟いた。
 …いい奴だな。

 次の日。俺は徹と会社を休み。徹の部屋でのんびりした。俺はまだ自分の城を持っていない。いいよな、自分だけの城って。

 「げっ、おいおい」
 徹が叫ぶ。

 「竜二くん。ほら、このメール」
 Macをのぞくと一通のメール。

 「お疲れさま。昨夜はきちんと家に着いたのかしら。私はあの後、よくいくバーでナンパされましたが、お会計だけ払ってもらって無事帰宅しました(笑)。今回はふたりともご苦労さま。また来週もよろしく。
 追伸。そういえば、徹くん、例のキャッチ。情報「紙」じゃなくて情報「誌」よ。印刷所に連絡して直しておきました。月曜日、覚悟してね(笑)岬」

 「うっ!」

 「さすが岬さん、いつ印刷所に連絡したのやら…」

 翌週からは通常業務に戻り、のんびりとした雰囲気が社内を包む。徹は一生懸命、犬、猫、ハムスターなどペットのイラストを描いている。まじめな奴だ。あぁ、俺ってば暇。昼飯。徹とラーメンを食いにいく。

 「竜二くんは家、出ないの?」

 「うーん、お金溜まったら、出るかな」

 「早いほうがいいよ。彼女なんかも実家じゃできにくいし」

 「えっ、徹くんはいるの?」

 「お、俺?いるかよぅ。ミーナはいるけどな」

 「ミーナ?」

 「バーチャルな彼女さ。今、完璧に俺好みに育てているんだ。かわいいぜっ」
 徹くんも少しヘン。
 と、その時。
 (えっ、嘘。何この吐き気と冷や汗。ま、まさか…)。
 俺は急いで赤と白の薬を水で流し込んだ。

  「ごちそうさま」
 どうにか、徹にはばれなかったようだ。ちょっとふらついている俺を見て、徹がいう。

 「竜二くん、お疲れだね。でも、ごめん。今日は俺が今作ってるペットのイラストに名前つけて、それと性格づけしてよ。いこう」

 「う、うん」
 俺は嫌な汗をハンカチで拭いた。一回でビッショリだ。

 会社に帰ると、岬さんに呼ばれた。

「竜二くん暇でしょ。えーとね、今度の会社の慰安旅行仕切ってね。よろしくぅ」
 なんとなく病院にいきたかったが、俺は我慢して冷汗及び吐き気と戦いながら、ネーミングの仕事を開始した。午後五時。無事、終了。

 「うん、だいたいいいけど。猫がニャン吉ってださいよ。ほら、ペットはもはや人間の家族、友達、兄弟なんだから、その視点で考えないと」
 さすが。ただのデザイナーじゃない。

 「竜二くん、慰安旅行決まった?」

 「あぁ、これからっす」

 「早くね」

 夕方のビジネス街は会社帰りのサラリーマンやOLでいっぱいだ。近くの旅行代理店で、海水浴を基本にプランを立ててもらう。沖縄か、グアムか、伊豆か。梅雨時なので沖縄が穴場らしい。よし、沖縄にしよう。即決。駅に向かって歩いていると、この前、岬さんや徹ときた焼鳥屋があった。ふと見ると、岬さんと徹が神妙な顔でなにか話し込んでいる。

 「な、なんだよ。岬さんと徹って、そうなのか。ちぇ、つまんねぇな。帰ろっと」
 俺はなぜかむかついていた。怒っていた。そして早く、わが家を出たい、と思った。

 家に帰ると妹の洋子がきていた。
 「よぅ、竜ちゃん。ほぅー、さすが勤労者。頬がこけていい感じよ。これなら彼女もできそうね」
 うるせぇ奴。

 「おめぇも早くしろよ。同棲ごっこなんかしてると婚期逃すぞ」

 「そ、それが、ち、違うのよ、竜二!洋子その同棲相手と結婚するんだって」
 母親が眉間に皺を寄せながらいう。

 「結婚!洋子がぁ」

 「へへっ。お先」
 兄の健一が階段をおりて来る。

 「健一、洋子が結婚するんですって」
 健一は洋子の顔を一瞬見ると、新聞を探しながらボソッという。

 「おめでとう」
 
 「ありがとう、健ちゃん。まったくぅ、竜ちゃんももっと素直に言えないの。かわいい妹が結婚するのよ」
 
「はいはい。おめでと散々苦労ーする」

 「ふふっ、悪いわね。結婚とは縁のない兄ふたり残してお嫁さんにいくなんて」

 「縁くらいあるよ」
 へっ?めずらしい健一の反撃に洋子も黙る。

 「何、健ちゃん誰かいい子でもいんの?」

 「いない」
 ドシドシと階段をあがって兄の健一は去ってしまった。

 「今、縁くらいあるよ、っていったわよねぇ?」

 「うーん。どうせ一円くらいじゃねぇか」
 
「つまんない」

 岬さんに会議室に呼ばれる。

 「できた?慰安旅行の」

 「はい。この前、飲んだ焼鳥屋の側の旅行代理店で」
  岬さんの目は見てやんない。

 「そう、どこ?」

 「沖縄す」

 「あら、いいじゃない。で、竜くん、どこ見てるの?」
 シカト。

 「…ほぅ。私の目が見れないってことはなにか悪いことしたのね」

 「違いますっ」
 岬さんは流行のタイトミニから伸びたキレイな美脚を机の上で組む。
 うっ。見たい。これってば、パン2○見え状態だよな。我慢できず。視線を少し、岬さんの方へ。

 「何、見てんのよ!」
 うっ、ばれたか。

 「岬さんのパン2は見れても、目は見れないってどういうことよっ。えっ!ちっと甘えてるんじゃないわよ、竜二くん」
 コワー。しょうがなく、視線を美脚にからめつつ岬さんの目へ。

 「ふぅー」
 岬さんは机にあげた美脚を下ろす瞬間、サービスよ、って感じで白い(黒い?)三角地帯を見せてくれた。

 「あわっ。あれっす。昨日、と、と、徹くんと焼鳥屋にいたでしゅね」

 「ん?ふっふーん。なーんだ焼き餅ちゃん?あらあらかわいい竜二くん。もーぅ、はじめからいってくれればいいのに。お膝乗る?」

 「うん」

 「冗談。でね。その徹くんと相談したんだけど。今度から徹くんと竜二くんはウチの雑誌や本の広告もやってんもらうから」

 「へっ!」

 「ほらっ。今、格差的にまだまだ不況でしょ。広告費も馬鹿にならないのよ。媒体費がすごいのに、広告の制作まで外注してたらたまんないのよ。簡単、簡単。本の広告なんて表紙と文字だけだから。ねっ。やってくれるわね。ねー」

 岬さんの顔が近づいて来る。
 キス?
 ノー!
 頭と頭がごっつんこって、ありさんかよ。

 「はい、決まり。頑張ってね」
 岬さんは会議室から出ていった。おでこのあたりがあたたかい。竜二、感激っ!

           

 という間に『ワンダフルだニャン!』第二号の取材やらなんたらが始まってしまった。今回の特集はペットの梅雨の病気対策。取材は外注のスタッフがやるが、俺が一応しきりだから手配が大変だ。足りない部分の原稿は岬さんがでっちあげる。創刊号は他社とほとんど横並び。まぁ二匹目のドジョウとしては成功したほうだろう。問題はこの二号で固定客を掴むことだ。

 「さ。二号さんで他社を追い抜くわよ。いいっペットの病気に今の飼い主は真剣なの。保険も効かないから、みんな十万だ二十万だ、平気で払っているのよ。まったく、どこが不況よねぇ。で、この飼い主層が喜ぶのはきちんとした情報なの。情報をきちんと伝えれば、他社をだし抜けるわ。頑張ってね」

 さすが病気特集だけに、獣医からウゲッ!な皮膚病の写真なども送られて来る。ペットもなかなか大変なんだな。と、ひとつの病名が俺を捕らえた。

 「パニック症候群?」
 忘れてた。でもペットも?なんでもペットはペットというぐらいだからかなりのストレスがあるそうだ。皮膚病や胃炎、下痢なども、ストレスが原因の場合が多い。最近ではペット用品が増えて、ペットもご満悦の様子だが、実は違うらしい。ペットにとって最高なのは、飯、散歩、そして飼い主との遊びなのだ。ところが、最近の飼い主はペットをまるでブランド品のように扱う。お散歩もお洋服を着てゆっくりと上品に。ご近所のペット仲間と品評会のようなお散歩。で、犬は暇になる。暇になると、洋服やら帽子!が、うざくなる。でも、ペットゆえに脱ぐことはできない。これがストレスでパニック症候群のような症状が出るらしい。つまり。散歩にいかない。食べ物を吐く。やたら吠える…。
 ふーむ。まるで俺じゃん。でも、治し方は簡単らしい。ようするに、洋服や帽子を脱がせ、雨が降ろうが暑かろうが、犬の要求通り散歩する。糞もばんばんっさせる。どっかの野良とも喧嘩させる。つまり、普通のかつての散歩に戻せばいいらしい。帰ったら水をたくさんあげて、休ませる。そして外で飼うこと。外で飼うとどっかの野良や猫が来る。泥棒も来る。恋犬来る。もぅ、犬も忙しくて、そして充実するそうだ(実際はこれって、ペット虐待になるらしいが)。…なるほどなぁ。
 俺も仕事が忙しくなってから症状出ないし。仕事をすればするほど自信がついてくるもんなぁ。それと、そうか。やっぱ、家を出ないとなぁ…。女もできんよなぁ。ためになるぜっ。

 二週間が経過。
 だいたいの原稿が揃い、徹はデザイン作業で大変。焼酎を舐めながらの徹夜が続いている。その間、俺は今回のコピーを考えていた。前回は創刊号ということもあってスローガンをつくったのだが、今回は「病気」がメイン。売れる予想があるだけにマジになるしかない。

 「梅雨は病気の季節です。きちんと予防しましょう。」
 「梅雨の病気。きちんと予防。」
 「予防が一番。梅雨の病気対策。」

 チラッと徹に見せる。
 「駄目」

 「ペットの病気はあなたのせいです。」
 「ペットは喋れません。気をつけましょう。」
 「いつもと違ったら気をつけて、梅雨の病気。」

 チラッ。
 「駄目」

 机の下で焼酎に梅サワーを入れる徹。飲みながら無表情にこちらを向く。

 「あのぅ、竜二くんさぁ、これじゃタイトルなのよ。梅雨時は夏に向けてペットも体調を壊しやすいし、食べ物も気をつけないといけない。そういう企画が今回の特集な訳。で、それは”特集!梅雨に気をつけたいペットの病気!”というタイトルが言ってるでしょ。じゃ、なんでコピーでそれ繰り返すの。だいたい発想がひとつでしょ。言葉を変えるんじゃなくて、切り口、わかる?それを色々考えてから書かないと、ね。ちなみに二回目の方がよし」

 カシャ、カチッ、カチッ。Macに向かう徹。うーん、厳しいす。…病気だろぅ。切り口ぃ?病気になる前にチェック!うーん、当然かぁ。ペットは保険が効きません。違うなぁ。あぁーっ、散歩、行きてっ。それから三日後。徹のデザイン作業も終わり。いよいよ。ゲラ校正。さぁ、また徹夜かぁ。

 「竜二くん、できたの。コピー」
 げっ。徹先生だワンッ。一応あれから俺のノートには三ページに渡り、びっしりコピーが書かれている。でも。うーん、わかんないのだ、どれがいいのか。徹は時々、笑いながら俺の苦労のあとを読んでいる。ドキドキ。

 「ペットの病気はあなたにもうつります。って言えてるけど、読者がペット愛好者だからなぁ。うーん。あれっ、もうないの」
 うっ、ないのだ。
 前のほうのページをめくる徹。

 「あっ、やっぱ竜二くん、天才。いいの、あるじゃん。これでいこっ」
 ん?どれだ。徹の指先を目で追う。これかよーっ。

 「病気になる前にチェック!」

 「いいじゃん。わかりやすいし、言えてるし」

 「でも、あの切り口が…」

 「へへっ。あんなの屁理屈だよ。マジメだねぇ、竜二くんて。雑誌のコピーに難しいのつけてどうすんの。病気になる前にチェック!いいじゃん。きちんと特集に落ちているし、読者にも響くし、だいたい普通っぽくていいよ。決定す」

 「どしたのどしたのどしたのよってか」
 あっ、蒸し暑くていよいよ露出度アップの岬さん。下は大人っぽい黒のパンツだけど上。ノースリーブのタンクトップってありかよ。いいけど。

 「これ、今度のキャッチ」

 「なになに、病気になる前に…。うーん、ナイス。よくこんなに軽くて誰でも書けそうなの書けたわね。才能あるじゃない。はいっ、お礼に背伸びのポーズってかぁ」

 「岬さん、編集長!」

 「岬くん、それやめなさい。えーっ、ついに『ワンダフルだニャン!』も第二号、発刊間近ということで慌ただしいだろうが、聞いてくれ。来週の月曜日にクライアントの犬猫用ペットフード「DOCA」の課長が来る。どうも、夏頃に出す新商品の広告について意見を聞きたいらしい。ごほんっ、えぇ、それでだ。来週は日曜月曜火曜と慰安会の予定があるが、数人は残って欲しい。わしは違うクライアントとのゴルフコンペがあるんで、そうだな、岬くん。君が仕切って何人か残してくれ。頼むよ。あぁ、それとタンクトップは十九歳までだよ。じゃ、よろしく」

 月曜日。朝九時三十分。会社に着くと、まだ誰もいない。結局、居残り組は岬さんと徹となぜか俺。沖縄は梅雨も明け、よい天気らしい。

 「はぁぁ」
 徹が出社してきた。

 「おはようす」

 「おは」

 「金曜日はお疲れっす」

 「お互いさまっす」

 金曜日。入稿の済んだ徹と俺はお怒りの岬さんに次の土曜日の午後五時!まで付き合った。その日の岬さんはタンクトップどころか今年流行するらしい街でも着れる水着にサマージャケットでやってきた。ハイテンションで仕事を片付けると、編集長に「編集長、愛人とゴルフってば、奥さんご存じ?」と囁くと、脱兎のごとく俺たちをさらって焼鳥屋に連れてった。

 「ふざけんじゃないわよ。焼酎冷やストレート。仕事してんのはこっちよ。誰のための慰安旅行よねぇ。沖縄よ、沖縄。タンクトップは十九歳までだとー。クスン、この一週間クソ忙しいのに早朝ジムで鍛えたのはなんのためよっ。焼酎冷やストレート。見てよ、この腹筋。ボコボコじゃん。のに。仕事だぁ。ったく「DOCA」だとぅ。ドッグとキャット合わせただけのお馬鹿会社じゃん。そんなんどっかの広告プロダクションにやらせんかいっ。焼酎冷やストレート。あと塩で焼き鳥盛り合わせ。ほら、飲んで飲んで。落とすわよー。今日は十万円コース行くわよぅ。経費で全部落としてやるかんねっ。焼酎冷やストレート!」

 焼鳥屋に始まり、小料理屋、オカマバー、カラオケ…。喫茶店でモーニングの後、なぜか立ち呑み屋。さすがの岬さんもベロベロ。徹はボロボロ、俺はゲロゲロ。しかし…。

 「へへぇ。今、お会計が八万円くらっす。十万までもうちょいす。よっしゃぁ、お約束のネットカフェへいきます。岬、三十路、独身」
 という訳でおたくな匂いのするネットカフェで三人は爆睡。結局、お会計は十万円を軽く越えてしまったのだ。

          

 「岬さんのパワーってすごいよなぁ。彼氏とかいないのかなぁ」

 「あれ。竜二くん、知らないの。お兄さんと岬さん知り合いでしょ」

 「うん。でも、聞いたことないなぁ」

 徹はラジオのスイッチを入れると、コーヒーを沸かしながら独り言のように喋った。

 「なんか、岬さん大学の時に男に手ひどい目にあって、それからしばらく入院してたらしいんだ」

 「入院?ドメスチック・バイオレンス?」

 「ううん。鬱」

 「鬱?鬱って、あの岬さんが鬱?」

 「うん。俺もそうだけど」

 …沈黙。

 「そんなマジになんなよ」
 徹はニコッと笑うと軽く本当に軽く話した。

 「俺は長男のマザコン野郎でさっ。おたくだったのよ。で、毎日テレビゲームとMacいじってたんだけど。ある日、母親に、そろそろ就職しないとね、っていわれて、ブチ切れ。部屋中のもの投げて壊して、それでも母親だけには怪我もさせず、それで急に倒れて。起きたら、どっかの病院でさぁ。鬱だって。まぁ、鬱っていっても重たい精神病のとは違って神経症のほう。その時からかなぁ、酒が友人になったの。でも、まっ、こうしてきちんと仕事しているんだからたいしたもんだよな、人間て」

 「はぁ」

 「で、岬さんもまぁ精神病のほうじゃなかったらしいけど。二年間くらい家で療養してたみたい。で、その時に、竜二くんのお兄さんが関わっていたパズル本に凝って、ふとパズル作家のお兄さんに手紙を出したんだって。で、会ってみると…」
 なんとなく、コーヒーをこぼす。

 「なんか、お兄さんて変わってるんだって?岬さんって結局、鬱の原因は男なんだけど、お兄さんがあまりに普通の男と違うんで、いきなり快方に向かってさぁ。それで、お兄さんに迫ったらしいんだけど、完全に無視されたんだって。で、今の性格、ほら露出っぽいとこね、が、なぜか定着してから落ち着いて、お兄さんの紹介でこの会社にいるってわけ」

 「ほへぇ。俺、全然知らなかったす」

 「まぁ、よくあることだよ。鬱だ、神経症だぁ、なんて騒ぐほうが変でさぁ。ボーダーラインの奴なんてほとんどでしょ。竜二くんだって、抗鬱剤、飲んでいるでしょ」
 ビクッ。

 「いつだったかラーメン屋さんで飲んでたじゃん。だいたい、竜二くんはわかりやすいから。俺と岬さん、こいつ神経やばいなって気づいてこれでもフォローしてたんだよ」

 「フォロー?」

 「うん。結構、忙しかったでしょ。普通、新人の進行管理にコピーなんて書かせないよ。岬さんと相談してわざとまかせたの」

 「で」

 「で?症状、今、消えてるでしょ」

 「あらま。本当だ。症状出ないし。忘れてた」

 「竜二くんの場合はラッキーだよね。素人療法でよくなったんだから。まっ、こういう病気は長い友達だと思って付き合うしかないよ。で、薬はいつか中毒になって飲まないと落ち着かなくなるけど。平気、平気。とにかく忙しくして、なんかあったら酒でも飲んで憂さ晴らしていればうまくいくよ。あぁ、ちなみに酒は薬の相乗効果を促すから、性格はより明るくなりますよ」

 「それでかぁ、岬さんの性格…」

 「岬さんがどうしたって?」

 「あぅう、岬さん、おはようございます」
  サマースーツでベーシックな装い。

 「あれっ、岬さんなんか大人っす。さすがクライアントが来るとなると違いますねぇ」

 「あたりまえでしょ。大人よ三十路。で、DOCAさんは」

 「十時アポですから、もうすぐですね」

 ピンポーン!

 「あっ、いらしたわ」
 うざい鼠色のリーマンがやってきた。新しいペットフードの話は、驚愕のくだらなさだった。感染症騒ぎ以来、ペットフードも国産牛肉が使用されている。だが、DOCAのは米国産。その在庫処理に頭を悩ませているのだ。で、DOCAの話は、その在庫処理をパブリシティ広告のみでうまく片付けようというものだった。

 「そうですね」
 岬さんが喋る。

 「過剰なまでのペットブームですから人間は食べても、米国牛肉使用のペットフードを可愛い家族に与えるとは思えません。ですが表示はごまかせないですし、在庫処理ならパッケージを変えてセール価格で出してみるか、時期を待つのがよいと思いますが…」

 「何を言ってんだよ。いいかい、この在庫処理は上からのお達しなの。わかる?おたくの雑誌でうまくやってもらいたくて、一時間もかけてここまで来てるんでしょうがぁ。ったく、女と坊やじゃなぁ」

 ムカッ。ムカッ。ムカッ。

 「そ。そうですか。あぁ、それならどうでしょう。イスラム教徒の多い国々に売るというのは?豚肉じゃなく牛肉100%ですもの。まだまだペットブームってほどではありませんから、豚肉じゃなければ売れると思いましてよ。それにアメリカ産というのも、効果的!きちんとそれを訴求すればよろしいのではありません?」

 「そうですよ」
 徹が続ける。

 「今は企業の姿勢が問われる時代ですからね。嘘はいけません。きちんとアメリカ産牛肉をうたって、堂々と売る。ウチのパブリシティで告知すると共に、イスラム教徒に強いコネクションにメールしておきますよ。これなら問題なく在庫もはけるのでは」

 「そうそう、それよっ。なんだぁ、できるじゃん。だいたい犬猫に豚も牛も鶏もないがな。そのアイデア、最高。そんじゃ、それでパブ一発打っておいてや。OK、OK。で、この辺てぬるっとしたマッサージ多いんだってねぇ。ちっと疲れ癒やしていくかな、と。そんじゃ、編集長によろしくぅ」

 「馬鹿」

 「馬鹿」
 うーん。よく、わからんが、馬鹿。

 「ほへぇ。竜二くん、悪いけどコーヒー」

 「あっ、はい。しっ、しかし、さすがですね。岬さんも徹くんも。そうですよね、正直に広告すればねぇ、イメージもいいですしね」

 「馬鹿」

 「馬鹿」
 ん、馬鹿?俺か?

 「あのねぇ、竜二くん。イスラム教徒の住む国って今、すごく大変でしょ。難民もたくさんいるし。そんな中、牛肉100%のペットフードってどう?世界に叩かれるの間違いないわよ。だいたい買う人もいないと思うわ。ふふふ。返品の嵐で大変よ、DOCA」

 「ほーっ。そういえばそうすね。なーんだ、俺が馬鹿やっちまったのかぁ。へへっ」

 と、ラジオ。

 「…沖縄地方は今日も高気圧におおわれ、海水浴日和の真夏日となるでしょう…」

 「ふ、ふんがぁーっ!」
 いきなり、岬さんがサマースーツを脱ぎ、ブラウスやストッキングも脱ぎ出す。
 (ヤバッ!鬱って、切れるのかっ)。
 と。下はなんと例の街でも着れる水着。

 「さぁ、徹くん、竜二くん。行くわよっ!プールプールプールはやめて、湘南よっ!クルマで来てるからね。いくわよ、サザンは急のオールスターズよっ!」

 「あいよーっ!」
 って徹くんキャラ違うす。

 有給休暇。あぁ。肩が日焼けで痛い。しかし、楽しかったな。沖縄よりよかったかも。あれで、二人とも鬱かよーっ。信じられないよな、って、俺もパニック症候群じゃん。…でも徹と岬さんのお陰で俺もなんとか世の中渡っていけそうだな。ん?そういえば、健ちゃんが岬さんをふったっていってたな。もったいないっつうか、何考えてんだか、健ちゃんは。

 「ルルルルルッ!」

 「はい、竜二です」

 「竜二くん、へへっ、ア・タ・シ」

 「その甘い声は」

 「当たりっ!岬さん。で、健一さんいる?」

 「うーん?わかんないなぁ」

 「そっ。まっ、いっか。ねぇ竜二くん、私とあなたは?」

 「上司と部下または、女王様と奴隷」
  無視。

 「残念。もうすぐ、姉と弟よっ」

 「えっ、なんだそれっ」

 「義理の姉になるのよ、私。つまりぃ、健一さんと結婚するのよ!、って聞いて無いかぁ。へへっ」
 なんと、妹の洋子に続いて兄の健一も結婚!?マジかよ、おいっ。

「二男坊」~第一話~ [小説]

 『二男坊』



 日常のパズル

 兄、健一が家出をしたらしいのだ。いなくなってまだ一日目。三十路の男がいなくなってこれほど大騒ぎするものだろうか、というぐらいわが家は大騒ぎになっている。父親は会社を休み、母親は趣味の陶芸にも行かない。妹は同棲中の男をおいて四年振りに実家に戻ってきた。そういう俺も非常識なまでの不安感に襲われている。
 
 「夕食の時間に健一が食卓にいない」
 
 この事実が俺たち家族をここまで追い込んでいるのだ。異常だよな俺たちってば。

 健一は世間様からすれば、いわゆるひきこもり。高校に入った頃から三時三十分には帰宅し、夜十二時三十分までテレビの前に座っていた。大学には行かずテレビ漬けの毎日。二十歳の時に父親のコネで旅行会社に就職したがさっさと退め、それからは年に二ヵ月だけ運送のバイト。その金で酒や身のまわりのものを買う。性格はいたって穏やか。荒れてはいないし、部屋に閉じこもっている訳ではない。朝昼晩とキチンと食事をし、夏は市営プール、冬はジム(市営の)に通い、少しの酒を嗜みながらテレビを観ているだけだ。

 だから。食卓に健一の姿がない、のは、いつも家にいるはずのママがいきなり消えてしまって寂しいよぅエンエン、と泣いているおこちゃま状態なのだ。ちなみに俺が三日間くらい女子に拉致られても心配はされない(ありえないけどな)。

 「ねぇ、竜ちゃん。健ちゃんの友だちって知ってる?」

 妹の洋子は音大を卒業後、高校の同級生である松本という男と同棲。父親に勘当されたはずだが、今では父親を会社帰りのデートに誘い、母親をショッピングに呼び出し、ちゃっかりやっている。まぁ、俺ももう二十八歳。なのに実家に依存しフリーターをしているのだから、しょうがないのはお互いさまだ。

 「いないだろ、いないよなぁ」

 健一の友だち…。小学校の頃は一緒によく遊んだから、何人かいた、のは知っている。しかし、中学あたりから健一に友だちや女子の影はまったくなかった。

 「だよねぇ。私も見たことないわ」

 こんな状態だから、父親も母親もなす術はなかった。ただ、おろおろと心配し、泣き、口喧嘩するだけだった。

 父親の秀一は後数年で定年を迎える。会社に守られ好景気の波に乗ってここまできた。俺たちを愛してはいたが家庭サービスとは無縁の平凡なサラリーマン。母親の森子は二十歳で結婚し俺たちを産み育て、今や立派なカルチャー族。健一が無職で俺がフリーターで洋子が同棲中でもそんなに心配はしていない。どうにかなるのよ人生は、と思っている。だから、健一の家出も、自殺とか誘拐とは結びつけてはいないはず。そんな不幸を想像するほどお馬鹿ではない。ただ、「非日常」にとまどっているだけだ。…夕方。父親が近所の交番に捜索願いを出しにいく。警官は案外、親身に事情を聞いてくれたらしく、少し嬉しそうな父親ではあった。

 二日目。健一はスマホなんてお金のかかるものは持っていない。連絡方法は無し。会社にも勤めていなかったし、友だちもいない。となると、この片桐家にしか手掛かりはないのだ。それに最初に気づいたのは洋子だった。

 「ねぇ、健ちゃんの部屋、調べたの?」

 父親も母親も首を横に振る。子供のプライベートに干渉しないのは昔から。健一の部屋は、かつて父方の祖母が住んでいた。建て増しのせいか妙にしっかりとした造りで、東南を向いている。祖母はやさしい人だった。いつもニコニコと俺たち孫に笑いかけていた。亡くなる直前に「うるさいわよ!ギター!」とひとこといったらしいが(俺のことか?)、医者の聞き間違いだろう。

 畳の上にはどこかの安売店で購入したのか、知らない名前の焼酎が四本並んでいる。飲み終えたパックはキチンとリサイクルできるように畳んである。万年床はいつものように柔らかな太陽光を浴び、パズルの本が数冊、枕の上に。いつもの健一の部屋だ。埃をかぶった机の中身は小学校時代の内容と同じ。俺はよく健一の留守に忍び込み、机を探索していたから知っている。本棚にはやはり昔と変わらぬ書物が陽に焼けて整列している。『社会主義と米国』『世界を歩く』『トラブル回避法』…ここから健一の精神構造を読み取ることは、俺たち家族には難題だった。

「何もないじゃないか!」

 父親がめずらしく怒ったように呟く。この部屋に入ったのは初めてなのかも知れない。母親はよく掃除をしていたから、何もないことを知っているようだった。妹がAVを数本、見つけた。

 「はぁ」

 気が抜けたように妹がタイトルを読み上げる。俺がとっくに盗み見した古いDVDだった。しかも、つまらない通販のいんちきAV。父親が少し明るい顔をする。母親は顔をしかめ、妹は虚空を睨む。俺はなぜか健一をかばうような発言をする。

 「しょうがねぇなぁ、健ちゃんも。もっとすごいの、あんのによぅ」

 全員、無視。

 結局、部屋の探索は、大掃除になった。もともとモノがないので三十分で終了。俺は自分の部屋も掃除してもらいたかったが、グッと我慢した。

 その電話がきたのは、お昼に出前の回転寿司(?)を食べている時だった。洋子が電話に出た。妙にはしゃいでいるので同棲相手かな、と家族全員が思ったが違った。なんと、健一に女からの電話。しかも、どっかの人妻さん。洋子の話を要約するとこうだ。女は健一の中学校時代の同窓生。最近、健一の姿を見かけ話しかけたという。来週の日曜日に同窓会があり誘ったが「うん、まぁ」で逃げられたので連絡してきたらしい。

 「健一と仲のよい子だったのか?」

 期待に目を輝かし父親が聞く。妹は素っ気なく「知らない」と答える。母親は妙にホッとした顔をする。

 「俺、電話してみる」

 わが家の固定電話はかけてきた相手の電話番号がわかる設定にしてある。この機能が役立ったのは初めてだ。相手は吉田さんというらしい。

 「あっ、もしもし。吉田さんのお宅でしょうか?私、片桐健一の弟で、竜二と申します…えぇ、はい。健一は今いないんですが、それでちょっとお伺いしたいことが。えっ、これから同窓会の打ち合わせですか、えぇ、そのファミレスなら知ってます。はい、じゃ午後二時に。えぇと、黒いセーターでも着ていきます。はい、よろしくお願いいたします」

 家族が盛り上がったのはいうまでもない。俺は黒のハイネックに着替えるとファミレスに向かった。洋子も勝手についてきた。

 ファミレスは子供連れの母親でいっぱいだ。その母親チームより若干裕福そうな三人連れのおばさまが昼ビールを飲みながら大声で笑っている。吉田さんチームだ。

 「こんにちわ。片桐です」

 「まぁー、健一くんの弟さん!へぇ、案外、格好いいじゃない?ねぇ」

 値踏みするような熟した視線が少し怖かったが、俺も満更ではない。うすら笑いを浮かべながら、洋子を紹介する。

 「えーっ、健一くんの妹さん。これこそ驚き。しかも、キレイよ。キレイ系」

 洋子もかなり嬉しそうだ。三人は中学からの付き合いで、今回の同窓会の幹事をしているらしい。

 「でさぁ、健一くんて、今、何してるの?」
 カウンター・パンチ!俺も洋子も黙る。

 「結構いい高校に行ったのよね。あの時は中学の先生まで驚きでさぁ、大騒ぎだったものね」
 なんで大騒ぎなんだろう。洋子がとりあえず答える。

 「兄は今、運送の仕事しています」

 「運送?何それ、バイト?」

 吉田さんの言葉には棘があった。棘はいけないのだな。我が片桐家は温和な性格と笑顔で、よく人になつかれる。でも、何かが弾けると、相手が今一番いって欲しくないことをいってしまう癖がある。洋子も俺もその癖には、悩んだもんだ。

 まぁ、母親がそういう性格だから、しょうがない。

 「吉田さん、お子さんは?」
 洋子の質問は鋭く吉田さんをえぐった。

 「えっ…」
 子供のできない夫婦は多い。結婚すると必ず聞かれるこの質問はそんな夫婦にとってタブーである。なぜ、洋子が急にそんな質問をしたのかはわからない。女の勘て奴か?

 「そういう質問は失礼よ」
 かわりに友人のひとりがいう。

 「あら、なにが?」

 洋子に合図を送ると、ハッと気づいたように洋子は消えた。そう、さっさと帰ったのである。困るとどこかに消える。父親がそういう性格だからしょうがない。残された俺は場の雰囲気を明るくするためにビールを追加注文した。

 「すみません。悪気はないんです。まだ子供なもんで。だいたい、あいつ同棲なんかしてるくらいですし、俺もプーなフリーターですから」

 ここまでいわなくていいのだが、これは俺の性格だからしょうがない。しかし、吉田さんは鬱に入ってしまったようだ。かわりに友だちが機関銃のように喋る。

 「まったくぅ。だいたい健一くんなんか、中学の頃からいじめられっこだったし、運動神経もないし、勉強もできないし、デブだったし、喘息だったし、それがあんな進学校に入るからいけないのよ。無理だったのよ。ふん、運送業、いいじゃない。適職よ」

 棘。

 「あれ、あなたずいぶんと鼻が大きいですね」
 また、あたったみたい。もうひとりの友人が伝票を片手に立ち上がる。

 「失礼ね。帰りましょ」
 普通こういう場面では、伝票を奪い俺が代金を払うのが常識らしい。でも、しない。俺はひとり残って、ビールを飲んだ。いじめられっこだったのか、健一。俺もだけどよ。

 「どうだった?」
 帰ると洋子が聞いてきた。

 「健ちゃん、いじめられっこだったんだと」

 「何それ?」
 父親と母親には、成果なしと伝える。
 
 俺はいい加減バイトを休めないので出かけた。地味なカウンター・バー。いんちきカクテルをつくりながらたまに客のリクエストでジャズギターを弾く。

 やはり健一のことが気になっていたのか、ジントニックをぶちまける。どこかのOLさんが読んでいた本にジワッと染みをつくる。

 「あっ、すみません。今、拭きます」

 「ん。あらあら」

 随分、スローモーなあわてぶりに顔を見る。いい感じ。本を見る。『パズルの世界』。そうか。パズルに夢中になっていたんだな。『パズルの世界』はジントニックがよほど飲みたかったのか、たっぷりと飲み二倍上にふくれあがっていた。

 「わぁ。これじゃ、お手上げよねぇ?あっ、本に手はないか、なんちって」

 素敵。俺はすばやくジントニックのおかわりとサラミの盛り合わせを出すと、ついでにラインアドレス付き名刺を差し出した。

 「ごめんなさい。本、弁償いたしますので。ご連絡ください」
 OLさんはじっと名刺を見ると、何気にいった。

 「片桐さん?片桐健一さん関係じゃないわよね」
 びっくりこいた。なんでこんな素敵な女性が健一の名前を唐突にいうのよ。

 「えっ、健一!健一は俺の兄です。兄、お知り合いなんですか。兄、今家出して大変なんです。なんか知ってるんですか?」

 OLさんは「なんですかぁ」みたいに軽くほほ笑むと、そっと名刺を差し出した。
 谷崎書房 パズル編集部 奥田 岬

 「岬さんかぁ」
 もう一度、軽く笑うと岬さんは、ジントニックを一気に飲み干した。

 「健一さんならすぐそこのビジネスホテルに監禁してるわよ」
 監禁。

 「えっ、岬さんに」

 「あなたも、されたい?」
 うーん、いい感じ。ちょっと照れる。

 「ふふっ、さすが健一さんの弟ね。ヘンなところがいいじゃない。でさぁ、健一さん、家出なんかしていないわよ。今、私の依頼でクロスワード・パズルを一生懸命つくっているところ」

 「クロスワード・パズル?」

 「そっ、知らないの?健一さんはこの世界じゃ有名なパズル作家よ」

 「パズル作家?」

 「えぇ、天才的だけど、怠け者のパズル作家よ」

 怠け者のパズル作家。そこだけ俺にも理解ができた。ってことは、健一の奴、運送のアルバイトの他にパズル作家していたのか。おいおい、家に金入れてないじゃん。俺、入れてんのに。だいたい、ホテルに缶詰かよ。いい身分だぞ。それに家出じゃないって、それじゃ俺たち家族の心配はなんだったの。

 「店に呼ぶ?」

 「あぁ、いいや」
 とりあえず、家に電話。洋子に説明するがやはり理解不可能だったようだ。

 「パズルって何よ。作家?サッカー?どっちも健ちゃんらしくないじゃん。マジ本人なの?」

 「ん。そっか」
 すばやく岬さんが携帯で健一を呼び出す。

 「…来るの、嫌だって」
 嫌だ。嫌だってなんだよ。岬さんはエレガントに脚を組み直すと明るく笑う。

 「多分、本人よ。あなた、そっくりだモンキィベイビー!」
 えっ、そっくりかよ。俺。 ってか、岬さん、ふるっ。

 結局、その晩は岬さんに付き合わされ、深夜二時の閉店まで飲み続けた。岬さんは健一の話を興味深そうに聞き、笑ってた。俺も笑った。なんか、久し振り。調子に乗ってジャズギターを弾く。下手くそだという。あら爽快。

 二日酔いの翌日。父親母親に怒られるのを覚悟で食卓へ。

 「あぁ、昨日はゴメン。でも、聞いた?健ちゃん、パズル作家だって。家出じゃないって。まったくなぁ」
 あらっ、興味無さそう。しかも、洋子もいない。

 「洋子は」

 「帰ったわよ」
 ん?よーく考えると父親もいない。

 「親父は?」

 「会社よ。あぁ、かぁさんこれから陶芸だから勝手にやってね」
 なんだか、家の空気が違う。あの緊張感はどうしたんだよぅ。俺は二階の自分の部屋に戻る。と、それと同時に階段をおりるベタな足音。

 (なにっ、健ちゃん帰ってんのかよっ!)

 食卓に引き返すと健一がいつものようにボーッとテレビを観ながら、パンを食っている。こっちを向こうともしない。…いつものわが家。

 「健ちゃん、帰ってたのかよ?」
 無言。卵焼きまできれいに食べると新聞を持ってさっさと自分の部屋に戻った。

 「あれっ、なんかこう今までと違う展開はないの。えっ、終わりかよ。いいのか、これで」
 これで、よかったのである。わが家は平穏を取り戻し、俺はよく眠った。小学生の頃、健一とよく観た『天才バカボン』が夢に出た。
 
 「これで、いいのだぁ、これで、いいのだぁ」

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