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「二男坊」~第四話~ [小説]

 
 夢中
 池袋の南口、少し寂れたマンションの二階。煙草をくゆらせ、小さな公園で遊ぶ親子連れを見る。少し派出めなお母さんと幼稚園くらいの男の子。ブランコに揺れながら、バーから流れてくる下手くそなジャズピアノに身をまかせて何を想うのか。そう、今は深夜の午前二時…。

 「あっ、まいったなぁ、最近、思考がエッセイ風だよぅ。ふふっ」

 りえちゃんと別れ、契約ライターもやめ、このマンションに漂着した俺は、それから三年、狂ったように営業をし、狂ったように仕事をした。休みはなし。ひたすら取材をし、テープを起こし、キーボードをうち続けた。別に辛いとかはなかった。生まれて初めてのことだが、仕事が楽しかった。すべての責任は自分にあることが心地よかった。「仕事に逃げるなよ」なんていう奴もいたが、そう俺は夢中だったんだ。

 夢中。俺の大好きな言葉。幼い子供は何かをし、親に喜ばれると夢中でひとつのことを極める。それは漢字だったり、時刻表だったり、水泳だったり色々だが、子供は夢中だから、疲れることを知らない。つまりすべての子供がかつては神童だったのだ。まぁ、テレビゲームひとつで、あっ!という間に凡人になるのだが…。

 そんな夢中な俺に朗報が届いた。

 「やほー。やってるやってる?義理弟竜二ライターくん?」
 あ。この声は長男健一の奥さんで俺の元上司の岬さん。

 「そこ池袋でしょ。ふっ、風俗にはまって干上がってんじゃないのぅ。このマセガキ中年がぁ」

 「岬さんこそ、アラフォーか、もう。ふっ、ショーパンはやめなね」

 「ばーかもん。いい女に年は関係ないのだ。この美脚、本当衰えないんだからぁ、って。いいの、私の美については。あのさぁ、竜二くん、ウチの会社でさぁ、なんかライターの賞やってんだけど。応募してみない。一応、ライターさんの登竜門みたいなもんなんだけどさ。賞取ると、仕事変わるわよぅ。金が、金が、金がすんごいの。十倍のギャラになっちまうのよ、この業界ってば!」

 確かにライターの書く文章の良さなんか評価できない。何がよくて何が悪いのやら。誰がうまくて誰が下手なのか。だから、この世界では賞が幅を利かせるのだ。

 「うーん、やってみようかな。岬さん、一票入れてくれる?」

 「あーら、かわいい竜二くんのために、入れさせてあげるわよ」

 「いいや」

 「無視。資料、送っとくね。内緒だけど、健ちゃんてばあれで夜は凄いん…あぁ、夜が怖いなんちってね。じゃ、バハハーイ!」
 無視。

 つーこって、その邂逅軒賞というのに応募しただが、これが、一等賞!百万円!ゲッツ!もちろん、そのうち三十万円は岬様の胃袋とせくちーお洋服に行ってしまったのだがよ。それより、岬さんの言う通り。今までの十倍のギャラ仕事がガツンと入ってくんだよなぁ。書いてるのはあくまでも俺だから変わりないんだがな。まぁ、いい。とにかく、仕事がガンガン、お金もバンバンつー生活なのだ。

 アニメ系の徹くんや元カノりえちゃん、カメラマン見習いのキューピーくんなんかもご無沙汰なので久しぶりに連絡すると、あらま、人生色々。デザイナーの徹くんは、もはやアニメ系を脱出し、ITな起業家に。元カノりえちゃんは、ペット愛護のNPOを立ちあげ、全国各地で公演を。キューピーくんは、カメラはライブだとかいって盗撮のプロに。

 ふんふん。へへ、俺が一番出世頭じゃんよ。てなこって、忙しいのよ。マジで。ライターという仕事は色々な人と出会えるから、コネクションも増え、仕事もどんどん増えて来る。もう、煙草三箱。パソコンもまっ黄色だもの。だいたい、休みがないから、こまめに息抜きするしかない。息抜きはなんだって?へへへ。岬さんのこれまたいうとおり。風俗よ。そして酒だな。

 基本、ライターだから調べあげるのが好きなんだろうねぇ。パソコンで、風俗情報観て、これだ!ちゅうお店見つけたら、とにかくロケハン(お店を見にいく)。それで、ふむ、なかなかこれは!な感じがしたら。もう一度、パソコン開いてお店HP開いて、かわいい子チェックして、きちんと予約しちゃうのよね。先日もエステつーので、お店調べたけど。お店の外観も女子もなんとなくゴージャスなんだなぁ、これが。昔の人は風俗つーと、キャバレーだとか、ソープ、フィリパブ、ファッションマッサージなんて思い浮かべるだろうけど。東京池袋も腹黒都知事のなぜか風俗撲滅大作戦で、店舗型は少ない。みんなデリバリーなのですよ。そんな中、セックスレスな時代に合わせたのか流行っているのが、これ。一見、普通のアロママッサージ店みたいなのだが、最後に手○きすんのだよね。手○きなんか、自分ですりゃいいんだが、上品なお姉様にされると…ふっ。まぁ、この辺はおいといて。不毛だし。後は酒だよなぁ。

 編集者の方たちに接待という名目のお金があると、まず居酒屋でじっくり呑んでさ、キャバクラだよなぁ。そんで、あっ、という間に六時間。編集者やライターなんか、鬱憤溜まってるし、キャバクラもこの大不況で必死やから、もう盛り上がりますん。で、泥酔。マンションに朝方ぶち倒れて、午後に起きてお仕事な毎日。いやぁ、そりゃ、二日酔いだろうがなんだろうが、頑張ります、竜二って感じ。そう、毎日が生きているってこんなの言うんだべな。

 で、マジにハードに仕事&遊びでがんじがらめな生活を送っていると、忙しい、つまり、心を亡くす。どちらかというと人に気を遣う性格だったのに、随分と生意気になっていたらしい。先日もライター見習いの女子を怒鳴りつけた。

 「おめぇ、馬鹿じゃねぇの。取材行って楽しくお話できたのはいいけど、相手の名前とか生年月日みたいなもんとか、きちんと聞いてないし、テープ聞いたら、これ女子会みたいな、お話じゃねぇの。仕事だぞ、これ?」

 「だって、竜二さん、そういうの聞いてこいっていわなかったから…」

 「はい?この糞馬鹿女!死ねっ!俺が言わなきゃできねぇのかよ。そんくらい、その辺の取材原稿見れば分かるだろ?若いのコミュニケーションが下手だって聞いてたが最悪だな。わかんなきゃ、俺に聞いてもいい訳だろ!で、まぁ、いい。この後始末は自分でバンバンしてね」

 「…は、はい」
 二十三歳、某有名大学卒業の女子、吉田美那子。明るい顔しているし、スタイルもいい。三ヶ国語喋れるし、水泳の選手でもあったらしい。やる気もありそうだったから、アシスタントにしたのだが…。最初の日は五時に帰った。新人歓迎会として居酒屋予約したのに、私、用が、って。そのお弁当もうざいんだよ。うさちゃんリンゴがいるじゃねぇかよ。で、いわれたことは潔癖なくらいに完璧にやるが、自分が好きで入ったライターの道だというのに、そっちの勉強は何もしていない。いい加減、俺もむかついてきていたのだ。
 三日後、そろそろ原稿をチェックし、取材先に見てもらわないといけない。

 「おいっ、この前の原稿できたのか?」

 「…は、はい?」

 「はい?じゃなくて、この前のおまえ、つまり美那子さんが書いた原稿、見せて」

 「あ、あの、まだできてません」

 「はい?だってスケジュールわかってるよね?相手の方に原稿見せる約束したのおまえだろ?」

 「ええ、でもまだできてませんから」

 「…」

 「だって、まだ竜二さん、相手の方に電話なさってないし。まだ、いいのかと」

 「えっ、俺が電話するのか?…この数日間、じゃ何してたの?」

 「漢字検定の…」
 馬鹿だ。完全に馬鹿だ。馬鹿。言葉は悪いが、この業界では普通の言葉だ。馬鹿。脳みそがフリーズしちゃう奴。

 「あのさぁ、この取材原稿は、題材がおまえの好きなJーPOPの話でさぁ、相手が今、有名な音楽評論家兼モデルの麗華だから、おまえが行きたいって言ったんだよなぁ。で、麗華さんを取材してきたじゃん。まぁ、文章書くってなんにでも目的がある訳だけど。目的は?」

 「ええと、これから輝く麗華のおすすめJ―POP」

 「そうだよな。ところが、おまえの取材では、麗華さんのプロフィールがないし、雑談に終わってて、どのJ―POPがおすすめかわからん。だから、後始末頼むと言ったよなぁ?」

 「はい」

 「なのに、漢字検定って何よ?」

 「あぁ、電話とか再取材はしてませんけど、私ならではの原稿はできてますよ。パソコンで調べて、麗華さんのプロフィールもばっちりだし、おすすめは男性グループのスナップに決まってるんです」

 「…誰が決めたの?」

 「話の流れで私にはわかるんです。竜二さんにはわからないでしょうけど」
 沈黙。もう、時間はない。俺は美那子が書いた原稿に目を通し、質問事項をピックアップすると、すぐに麗華さんに電話した。幸い、麗華さんはつかまった。

 「あ、おはようございます。私、先日、麗華さんに取材をいたしました吉田美那子の上司で、ライターの片桐竜二と申します…」
 話は五分で終わった。危なかった。麗華さんのおすすめはスナップではなく、まだインディーズのミルチルだった。年齢も二歳若かった。しばし集中し、美那子の書いた原稿を直す。ワードで整え送る。約三十分の作業。これがどうしてこの馬鹿女にはできないのだろう。

 「ほら、できたよ!麗華さんにも送ったよ」
 …美那子はいなかった。

 それから、自分の原稿書いて、まぁ、一息ついて、こうして公園で遊ぶ、親子見てるんだけどさ。俺もああいうなんか和む風景を自分のものにできねぇのかな?仕事は好きだし、やりがいはあるけど。なんかが足りないんだよなぁ。美那子にもきつかったかな。あっ、ベンツ。ふーん、あの親子の旦那893さんかぁ。なんで、893さんてもてるんだろうなぁ。まぁ、いっか、寝よ。

  翌日は朝から大変だった。美那子の父親が現れたのである。

 「あなたが竜二さんか?私、美那子の父親だが、随分と美那子を鍛えてくれたみたいだな?」
 なんだ、こいつ初対面なのに。

 「はい、私、ライターの片桐竜二と申します。美那子さんには今、頑張ってもらっているところで、コツさえ飲み込んでもらえれば、美那子さんにもどんどん原稿書いて頂こうと思っているんですよ」

 「美那子はもう来ん!」

 「はい?」

 「美那子は嫌になったらしい。原因はおまえだ。なんでも美那子がきちんと原稿書いているのに、おまえが馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だと騒いで、随分と美那子は傷ついたみたいだ。ほらよ、退職願い。小僧、あんまりいきがんなよ。ちんけなもの書きが!美那子は官僚の恋人もいるしな。じゃ、お世話になりました」

 「待てよ、爺ぃ!で、美那子さんは平気なのかよ?」

 「ああ。おまえの心配などいらん!」

 「違うよ!美那子さんはライター辞めていいのかよ?」

 「は?ライターなんかわしは最初から反対だったし。なんなら、出版社くらいのコネは私にはある。そういうことだ、じゃ、失敬」

 美那子が悩んでいるとしたら、その責任の一端は俺にもあるのだろう。今は昔とは違う。そんくらい自分で乗り越えろなんて軽くは言えない。でも、俺は美那子との面接で美那子が放ったひと言を覚えている。

 「私、ずっと親に甘えてきちゃったから、独立したいんです。それが親へのありがとうだと思うし…」
 今、辞めたら、すべてがダメになる。美那子の人生は消えうせてしまうのと同然だ。美那子のスマホにかける。留守電。メッセージは面倒だが、ひと言だけ入れておく。

 「美那子、これでいいのか?」

 煙草三箱に焼酎のお湯割り、風俗にまみれて、仕事はいい加減にしたいくらい増えつつある。頭はボーッとし、肺は苦しく、胃はシクシク。肝臓は重たい。

 「やべぇなぁ。身体ボロボロだろうなぁ、俺。あぁあ、美那子でもいりゃ少しは助かるのに」

 「はい。竜二さん、なんでも言いつけてください!」
 あぁ、びっくりした!美那子は、今までの山の手お嬢さんルックから、GパンにTシャツという格好にショートヘアへと変身してにこやかにドアの前に立っている。

 「すみませんでした。あの父が迷惑かけてしまって。嫌になんか私なっていませんから。官僚なんて嫌いですから。ただ、ちょっとコピーライターの先輩に話聞いて来たんです。…本当にごめんなさい。広告業界に比べればここ楽ちんなんですね。普通、首で当たり前のこと私してて。でも違いますよ、これからは!パワフルお馬鹿な美那子でいきます」

 あ、目が輝いてる。とにかく若い女子は元気な姿が一番似合う。

 「OK!じゃ、この原稿、ブラシュアップして。三時までだけどできるか?」

 「まかせてください!美那子ったらやると決めたら脱いでもすごいんです!」
 …ん?なんか、岬さんに似てきたか…。

 二時三十分。原稿をチェックする。俺の原稿なのだが、何かが違う。そうか、タイトルだ。

 「日焼けの跡に男は弱い。もて期は今だぞ!」→「感情線に秋が来る。もて期を逃さないで」。女性誌のエッセイなのだが、俺は男目線から読み手の女性に問いかけているが、美那子のは共感を呼ぶ感じに仕上がっている。文章も語尾が変わっている。

 「…いいんじゃないか」

 「やったー!美那子、感激!竜二さん、カレー作ってあげるね!」
 あ、やっぱり岬さんに似てるもの。結局、そのエッセイは担当者に好評だった。

 「竜二さん、いいじゃないですか。今までは少し男が書いてる感じでしたが、女性は案外そういうの反感持つんですよ。これなら、グッジョブです」

 「ちっ!」
 少し悔やしい俺ではあったが、嬉しい気持ちもあった。これからは女性向きのはみんな美那子にまかそう。

 美那子の成長は早かった。あらゆる雑誌やエッセイなどを読み始め、疑問があると俺になにかと聞いて来る。取材用のデジイチとICテープレコーダーの使い方もしっかり覚え、後は数をこなすだけで成長していくのだろう。特にファッションや旅行などは、男の俺より引き出しが多い。若い、という武器もある。その代わり俺は自分の好きな分野、ジャズやペット、映画などに力を入れていった。医療や政治、学問などははんぶんこだ。

 「えっ、竜二さーん、この心臓特集っての、美那子なの?。これってば絶対竜二さん向きよぅ。心臓でも胸、胸でも乳なら美那子だけどさぁ」

 「無視。はいはい、じゃ俺がやりますよ。その代わり、美那子さんはこれね」

 「嘘っ!これ竜二さんがやりたがってた懐かしい韓国POP女性編KORO特集じゃない!嘘ー?いいのぅ?美那子、感激!竜二さん、大好き!」
 嘘つけ。池袋西口ジャズ喫茶アルタードのイケメンボーイにお熱のくせに。

 「それガツンと書いてさ、大好きな音楽評論家の道、つくってしまえばいいじゃん。俺は心臓の勉強してバチスタなんちゃら書いて、作家になるかな」

 「キャー、竜二さん、素敵ぃ!ほら、タイトスカートの割れ目よ。チラリン」

 「チラ見」
 なーんて、俺の事務所もいい感じになってきたなぁ。

         

 心臓外科医の須田医師は、神の手を持つ男といわれる。なんでも心臓が大きくなって心不全を起こしてしまう難病にひとつの光を与える手術を、その神の手で磨き上げ、術後生存率を一年以内から三~七年に引き上げた男だ。久しぶりの緊張感。だいたい病院、嫌いだし。
 病院の中庭で待つ。そこが待ち合わせ場所なのだ。十二月、安定したお陽さまのぽかぽかな感じ眠たくなる。

 「わっ!」

 「わぁ!ゴメンなさい、俺は何も…って」

 「ははは。こんにちわ、僕が須田です。ここいいでしょ、昼寝には最高」

 「あっ、須田先生ですか、私、ライターの片桐竜二と申します。今日はお忙しいところ…」

 「まぁまぁ、ゆっくりやろうよ。焦ってもしょうがないよ」
 須田医師の大きな手が、握手を求めた。にぎにぎ。その瞬間、俺はすべてを須田医師にゆだねたくなった。これが神の手か。
 須田医師は温和な感じだった。べっ甲フレームのメガネに白髪の混じった髭、目は少し茶色。なんだか賢いシェパードのように品格がある。

 「片桐さんはずっとライターなのかな」

 「えぇ、就職氷河期で大変でしたけど、運よく」

 「運。そうだよねぇ、僕も日本では芽が出なくて、ブラジルに渡ったのがよかったのかな。ブラジルってサッカーやサンバしか知られていないけど、進歩的な医師もたくさんいてね。僕の手術もそこで学んだものなんだよ。バチスタ?って最近よく聞くでしょ?あれ、そのブラジルの医師の名前なんですよ。しかし、すごいよねぇ、心臓が大きくなったなら、じゃ、小さく切ってしまえ、なんて普通考えつかないよねぇ」
 俺はICテープレコーダーを回した。

 「この十何年で移植法もでき、人工心臓や新しい薬もできたけど、ips細胞なんて完成したら、もう、亡くなる人いなくなっちゃうよね。片桐さんはどう思う?ips細胞?」

 「難しいですよね。延命治療ってのも、人それぞれだろうけど。俺もとい私はしないんじゃないかな」

 「ふふっ、わかんないよ。人間、あの間際は。よしっ、じゃ僕の部屋で話すか。あっ、その前に片桐さんの心臓見てあげるよ。ライターって煙草すぱすぱお酒がぶがぶな感じだもんな」

 「あっ、はい」
 看護士さんに血液検査や尿検査、肺のレントゲン検査、さらに心電図を撮られる。

 「どれどれ」
 須田医師があわてずにただしすばやく心電図を見る。少しあわててレントゲンを見る。かなりあわてて、看護婦さんに指示をする。じっ、と俺の顔を見ながら、柔和な声で須田医師はいう。

 「片桐さん、落ち着いて聞いてよ。運、持ってるよ君は。君の心臓さ、僕の専門の拡張型心筋症ぽいんだ。とりあえず、心エコー撮ってみて」
 (またぁ。須田先生がお茶目なところがあるのはもう分かっていた)。

 「はい、エコーでもなんでも」
 須田医師の眉毛が少しだけ動いた。

 暗い部屋でエコー技師の女性に半裸な俺はヌルヌルのものを塗ってもらい、なんかつめたい金属みたいのを心臓あたりにぬらぬら。(あぁ、このエコーつーのはなんて気持ちのいい…)。あまりの気持ちよさに居眠りしそう。

 エコー技師はサーフィンでもやっているのか日焼けした美人さんだった。

 「どうですか?」

 「ん?技師は何も患者に言っちゃいけないのよ。心臓、というか階段とかあがる時、息苦しくない?」

 「まぁ、煙草三箱だし、年ですから」

 「ふぅん。あなた須田先生に取材にきたんですって?運のいい人ね。はい、じゃ終わり。タオルでヌルヌル取ってね」
 なんとなく嫌な感じが俺を包んでいった。

 診察室。須田医師が、エコー画像を真剣に見ている。
 「ほら。片桐さん、この画像見てごらん。心臓って普通どのくらいの大きさだと思う?」

 「えーと、こぶし大」

 「そうだね、でもこれ見てごらん」
 心臓らしき白いくらげのような物体はメロンくらいの大きさだった。

 「これが、拡張型心筋症。…今から君はライターの片桐さんでなく患者になってもらう。いいね」

 「そ、そんな、心臓が大きいたって痛くもないし…」

 「馬鹿もん!来年には海外で移植しないと、どうなるかわからないんだぞ!」

 ガァーンッ!

 「…なんちって、死刑宣告みたいなもんだったけど、実は俺さ、少し嬉しかったんだ。だって、自分でまいた種とは言え、仕事忙がし過ぎだし、もう身体ぼろぼろに痛んでるのわかってたもん。これで、少し休めるつー感じだったのよ」

 須田医師の判断で俺はすばやく検査入院ということになった。連絡すると、美那子がすぐきてくれた。

 「竜二さん…本当に大丈夫なの?でも今日から検査入院なんでしょ。この原稿どうします?」

 「うん、俺やっておくよ。別にどっか痛い訳じゃないし。それより、美那子の方は?」

 「あっ、うん、できたら見せに持って来る。他のどうしようかなぁ」

 「一応、お客さんにはメールしておくけど…美那子が見てできそうならやっちゃえよ。親分が倒れるってのはチャンスだからな。美那子事務所にしちゃってもいいぞ」

 「…そ、そんな」
 美那子はギュッと俺の手を握ると自分の胸に押し付けた。

 「あたたかい?」

 「うん」
 もう、俺が弟子というか子供状態。なんか、ほっ、とするなぁ。やっぱ、女子は。

 「美那子」

 「竜二さん」
 

 「須田ですが、」
 あぁ、びっくり。
 須田医師が、ニコニコしながら、紙ぺらを持っている。

 「まぁ、片桐さんはカテーテル検査というなかなか嫌な感じの検査をして、多分、自宅療養となるけど。そちらのお嬢さんは娘さんかな?」

 「あっ、いや」

 「絶対!違います。私、吉田美那子二十三歳、ライターをしています」

 「ほう、また若くて元気なお嬢さんだね。僕が若かったら…」

 「いやん」

 「須田先生、俺はどうすりゃいいの?」

 「あ。片桐くんはご家族の方、呼んでおいてください。書類にハンコとかもいるし。こっち、片桐くん担当の看護士で、和田真由美くん。彼女によく聞いておいてね」

 「よろしく。真由美って呼んでね。これでも元読者モデル上がりなの。よろしこー」

 「わんわん」

 「じゃ、和田くんいくよ。そのスカート短かすぎ」

 「…す、素敵。オーラがすごい須田先生ってば」

 「…す、素敵。オーラがすごい和田看護士さんてば」

 「はっ!」

 「はっ!」

 「あ。じゃ、竜二さん、私、原稿があるから」

 「う、うん。気をつけて」
 何が気をつけてか知らんが病室にしてはなかなかラブリーな雰囲気ではあった。

 次の日、病院に妹の洋子がきてくれた。父秀一、母森子はこういう息子の病気とかには触れたくないタイプなのだ。

 「竜ちゃん、これ。タオルと歯磨きセットと、洗面器と湯呑み、後、ハンコか」

 「…」

 「何?」

 「洋子、太った?」

 「へへへ。わかったか。そう、赤ちゃんができたらしいのよ。三ヶ月だって。旦那もやっと仕事やる気出してくれて、ほっ、としてるとこよ」

 「赤ちゃんかぁ。ついに片桐家初のお孫ちゃんの誕生だな!おめでとう!」

 「ありがとう。でも、何、竜ちゃんが病気なんて。糖尿病とかじゃなく心臓?一応、これ。心臓病の本、買ってきたわよ」

 「おう、サンキュー!」

 「あの…」

 「はい、あっ、竜ちゃんお客さま」

 「あぁ、こちら事務所手伝ってもらっている美那子さん、こっち俺の妹で洋子」

 「へぇ、若いわねぇ」

 「えぇ、一応、二十三歳だぞ」

 「まぁ、若くて眩しいわ」
 
 「竜二さん、看護士の真由美よ。どう、調子は?あら?お客さま?女子だらけねぇ」

 「ええと、こちら妹の洋子です」

 「あっ、兄がお世話になっています」

 「妹さんかぁ、そうだ、後でハンコお願いね。って妊娠してるのね。禁酒禁煙よ」

 「はい。看護士さんミニスカお似合い…」
 ふむ。洋子も成長したもんだ。お世辞ができるとはな。

 「あぁ、まぁね」
 真由美看護士さんも満更でもない感じで、俺の脈を取り、聴診器をあてる。

 「うん、落ち着いてるわね。とりあえずは一週間色々調べてみないとね」

 「あの、兄の病気って?」

 「大丈夫よ。なにせ主治医が須田先生だもん。神の手よ」

 「須田ですが…あぁ、ここ女性の匂いでいっぱい。いいなぁ、片桐くんはぁ」

 「あっ、須田先生!美那子です。こんにちわ!」

 「おっ、元気娘が登場だな。いいねぇ、溌剌としてて」

 「あっ、須田先生、こっち妹の洋子です」

 「おう、はじめまして。主治医の須田です。ん?赤ちゃんが、お腹にいるのかな?じゃあ片桐くん、甥っ子さんか姪っ子さんと会えるんだな。いいぞ、子供は。あっ、そうか。じゃ、洋子さんでしたか、ちょっと私の部屋でお話しましょうか。ミニスカ看護士も来るべし」

 「うふふふ。やっぱり須田先生って素敵!なんか大人な雰囲気よねぇ。…ねぇ、竜二さん!私、冬の沖縄ってのとひきこもって音楽家って仕事、受けちゃった。いいでしょう、ちゃんと竜二さんに原稿見せるからぁ」

 「おうっ!全然OK!しっかりやれよ!俺はしばらくゆっくりするからさ」

 「うん!じゃ、この原稿、見といてね!また来るから」

 美那子の書いた韓国POP女性編KORA特集の原稿は面白かった。日本では幼稚なイメージを前面に出しそのくせエロい女子グループが流行っているが、韓国はしっかりセクシー。その日韓の男性心理の違いに触れている。日本男子もそうそう韓国女子を嫌いにはなれん。もう、まかせていいかもな。
 …『心臓病と仲良くしよう』。洋子が持ってきてくれた本をめくる。

 「拡張型心筋症と…ん?ないなぁ、あぁ、載ってるの一ページだけかよ」

 でも、読まなければよかった。

 「…つまり予後は悪くなる一方…」

 「残念ながら、拡張型心筋症の場合、よくなることはないんですよ。だいたい原因がわからない難病。よく小さな子供が海外移植で助かったとテレビでやっていますが、成人になってからですと、日本では移植そのものにまだ偏見もあり、なかなか。とりあえずは心臓に負荷をかけないよう薬を飲み、安静にして寝ていること。歩けないくらい苦しくて、足なんかむくんでしまったら、私のバチスタ手術か、人工心臓などがあるだけで。余命ですか…わからないな。人によって全然違うんです。ご家族の方としてはお辛いでしょうが…」

 「そ、そうですか。兄、そんな病気なんですか。よろしくお願いいたします」

 俺は確実に社会から切り離され、病人として生きていくことになったのである。
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