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「舟を編む」 [過去文章]


未熟児で産まれ、幼いころから「落ち着きがない」と評価され、
まったくそのままに育った私である。
コピーライターという職業をしていたからとその性分が治る訳ではない。
実際、何回誤植をしでかし、会社やお客様に幾度ご迷惑をおかけしたかわからない。

もちろん、その度に反省するのだが、粗忽者につける薬なし。
よって三十路あたりからは営業やデザイナーなどの同僚に
「読み合わせ」という校正を依頼するようになった。
ひとりが音読し、もうひとりが目で活字を追う。
なかなか明るい残業、コミュニケーション上もよい。
「こりの校正は危険!」とまで言われた甲斐があるというもんだ。
もちろん、最終責任はコピーライターにあるが、これでだいぶ赤字は減ったと思われる。

・・・先日、めずらしく新しい作家(三浦しをん)の小説をもとにした
『舟を編む』という映画ビデオ)を観た。
落ち着いた好感の持てる話だったが辞書をつくる話なので、校正のシーンに目がいった。

(・・・あまい)。

あれだけのページ数を持ち、常に新しい部分がちょこちょこと追加される辞書。
いくらアルバイトを雇い徹夜でやろうが出るときは出るのが赤字だ。

しかし、広告と違いいちいち辞書の赤字に目を光らせる者はいないだろう。
広告は文学ではなくビジネス
だから、赤字などしでかしたら、すぐに広告を出したクライアント様に密告されてしまう。
広告部の担当者は飛ばされ、営業は土下座、コピーライターは首である。

そんな積年の恨みもあってか、私は「誤植」にやたらうるさい。
広告そのものにもうるさいし、表現にもコンセプトにも、出演者や犬猫にもうるさい。
残念ながら、初老故にその切れ味は多少錆びついたが、まだまだ。

特に、自分ではないコピーライターが書いた文章の赤字発見ほど楽しいものはない。
ただ、つまらないのはウェブという奴。
せっかく教えてあげても「そっすかー、直しときます。サンキューすぅ」って。
えーいっ、新聞や雑誌、パンフレット、テレビのように「大事」には至らないのか。
ちょこちょこっと直してしまえば「問題なし」かよ。畜生めだ。

ちなみに『舟を編む』を観てひとつ気になったのは、時代の早さだ。
電子辞書は当たり前だし、紙媒体は瀕死状態。
松田龍平はあまちゃん好演で好調。
そして「真面目」の面白さなら、きちっとスーツを身に纏い、
ビジネス用語を巧みに扱い、
礼儀正しくオレオレ詐欺に励む若者たちの方が何かと凄い気がする。
松田龍平の父、故・松田優作の「あ?」のように。
そう、救われない時代に向かって舟は漕がれている。
中途半端な過去は洒落にならない。

ちなみに私は「舟を漕ぐ」のが好きである。
春悶々。←こいつをコピーと感じる人は広告マンタイプ、誤植と感じるのは辞書の人だ。
ちなみに、この文章に赤字があっても問題はない。なぜなら、ビジネスではないからだ。 


今や毎日、大新聞社が誤植を出し、謝罪してる。
昔なら、一文字間違えただけで、飛ばされたのに。
マスコミって本当、頼りならないわぁーー;w
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