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「手術日記①」 [過去文章]

1997年(平成9年)7月23日 。
真夏の日差し中、僕は辻堂は海につながるサーファー通りを歩いていた。
二ヶ月前に辞表を提出し、これからはサーフィンでもやりながら、
パン屋にでも勤めようと決めていた。
そう、まだ、バブル崩壊がピンと来ていない陽気な頃。
僕は引越しの荷物を業者さんと共に部屋に運び込み、
これからの生活を思った。
「とりあえず彼女、だな」
額を伝う汗もなんとなく爽やかだ。
引越しが済んだ翌日、会社の検診の追跡調査が来ていたので、
「もう、これからはサラリーマンじゃないんだから…」とS病院へ。
物腰の柔らかな女医さんは聴診器を当てながらソワソワしどこかへ電話。
しばらくすると、手術着を着た医師がやって来て
「キミは明日にでも心臓移植しなきゃ死んでしまうんだぞ!」
何、言ってんのかわからず薄ら笑いを浮かべてしまったが、
神の手須磨医師がこの病院にいて、
ちょうどバチスタ手術を広めたところであったのは幸いであった。
病名は突発性拡張型心筋症…予後、悪しきしか書かれていない難病だ。

はぁ。あれから15年かぁ、失われた15年だねぇ。
まぁ、甥っ子がちょうど生まれてすごく救われたが…。
その後、自宅でいわゆるSOHOしながらミクシしたり、呑み行ったりの相変わらず。
でも、病の傷を老いは確実に狙ってくる。
今年、否、三年前からまた呼吸が苦しくなっていた。
それが突然、肺の半分、息を吐くことができなくなったのである。
…左心室駆出力29、約1割の不整脈、75歳と同様の肺活量…。

アブレーション手術、ペースメーカー、SAS診断(無呼吸症候群)が、 パッ、と決まった。

第一話 剃毛な夜。
 
入院はなぜか夜。と言っても夏の夜、ショーパンが目を誘う。
とりあえず、最期な気分で、身体に悪そうなハンバーガーを食う。
手術と言っても昔のように、開腹ではない。
カテーテルでチョチョイだ。…だが、麻酔が局部だけなのが怖い。
妄想力が爆発して怖いのである。

 「こりさん…」「ん?はい」
「あ、看護婦の良美と言います。
あのぉ、明日、手術ということで、今晩は剃毛しなければいけませんの」
…二十代の可愛い子になんでまた剃毛されんといけんのじゃーー;泪
つい、
「あ、あっ、もう、ここ、使ってなくてミニサイズ…」
あうっ!無視かよっ!当たり前だ。向こうはプロの看護婦さんなのだ。
言わなくていいことだったのだぁ。
で、ふたりの間には、クールなSMの予感が淀みながらも
何もなく恥ずかしい儀式は幕を閉じたのであった。(続)
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