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「今日子と久雄」 [過去文章]

今日子は久男と二十歳の頃から付き合い始めた。
きっかけは高校の演劇部。
今日子は久雄よりひとつ年上で役者、
久雄はカメラマンだった。
アメリカの血を引く久雄はかなりもて、
今日子もそのとりこになった。
久雄が高校を卒業する年の元旦。
今日子は東京タワー初のライトアップに誘った。
初デートだ。
久雄は片親でアメリカ人の母親と住んでいた。
さらにその母親と妹の3人の女性に育てられ、
片親という肩書を持ちながら、甘く大人になった。
ある意味、その頃から女を操作する手管に長けていたと言えよう。
今日子は音楽大学に進み、下宿生活が始まった。
長距離トラックの運転手をしていた久雄が、
今日子のアパートに入り込むのにそんなに時間はかからなかった。

音楽大学を卒業した今日子は楽譜を制作する会社に入社。
久雄は相変わらずのトラック運転手。ただの紐だ。
食べることと旅行の趣味が似ているふたりは、
しょっちゅう、旅をし、外国へ行った。
そのお金はほとんど今日子の稼いだものだった。
または今日子の実家から送られてくる仕送りだった。
久男の転機はマッキントッシュだった。
フォトショップで作ったビジュアルがある賞を取り、
久男は契約社員としてとある大手企業に入社した。
ふたりで働き、ふたりで遊ぶ。
この頃がいわゆる人生の春だったのだろう。
ふたりは頭の悪い友人たちに祝って貰い結婚した。

数年後、久男が契約から正式な社員になるというので、
ふたりは子供を産むことにした。
子供が生まれた途端、そのストレスでなのか、
久男は「大卒の奴らは嫌いだ」と言い残し、
会社を辞め、退職金を持ってアメリカに逃げた。

今日子は「出張で」と誤魔化し、
産まれたばかりの子を一生懸命育てた。
そのかいあって、利発な子供になった。
久男は帰ってくると、フリーターを始めた。
稼いだ金は自分のモノ。
この相変わらずの信念で、
数年はどうにかやってこれた。
もちろん、実家あっての話だが。

もちろん、久男の母親は徹底的な馬鹿で
糞宗教に大金を収めていたので、
今日子の実家がほとんどお金を出した。

子供は今日子の教育で賢くまた良い子に育った。
久男は今日子の勧めで会社を興し、とりあえず好調な人生が始まった。
もちろん、今日子はお金を貰えず、何年も同じ靴と洋服だ。
もはや、子供という存在がある限り子供が成長するまでは久男の奴隷でしかない。

会社は今日子の頭脳でどうにかなり、家も建てた。
ここで、久男な馬鹿母が出てきた。
元々、間接リウマチで障がい者だったので、
その「家」に入り込んできたのだ。
否。その母親は糞宗教の仲間と別れたくなかったのだが、
久男の世間体で引っ越してきたのだ。

そして、今日子の地獄が始まった。

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